過剰な何か

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禅ライド2 - 藤尾
2019/02/23 (Sat) 23:12:04
荒川サイクリングロードは、主に広大な荒川堤防の上を走る見晴らしの良いコースだ。高い堤防の上を延々と続く天空を行くような道は、路面を睨んで速度を上げて巡航するも良し、のんびりと周囲に広がる田畑や遠くに広がる山並みを眺めて季節の移ろいを愛でるのも良しの、望みうる最良の自転車道だろう。
そんな荒川サイクリングロードを軸として、様々な味わいをもつ自転車道が枝のように伸びている。荒川サイクリングロードよりも更に広大で茫漠たる規模感の利根川サイクリングロード上流部分、広い川辺の公園や住宅街など変化に富んだ入間川自転車道、河川敷を多くの市町村をまたいで延々と続く県央ふれあいんぐロード、コンクリート護岸の用水路沿いに田んぼの中や住宅の裏庭を通る緑のヘルシーロードなどなど。

そんな様々な自転車道の中で、僕がもっとも好きな道は比企自転車道だ。こども自然動物公園自転車道に続くこの道は、荒川サイクリングロードほどの広大な異世界感は無く、且つ、緑のヘルシーロードほど近隣在住の老人の散歩道と化しているわけでもない、バランが良く雰囲気のある道だ。特に、農村の里を流れる小川に沿って続く箇所などは、何だか懐かしいような愛しさで、走っていて胸がいっぱいになってくる…。



以前はアルミフレームの自転車に乗っていたが、ペダルを踏み込んだ時、硬い感覚だった。ペダルを踏み込む力を、ロス無く駆動力に変えているということだろう。
今回、鉄(クロモリ)フレーム車にして、マイルドで優しい乗り味に驚かされた。自転車のエンジンである肉体は、筋肉と骨でできている。ペダルを踏んだ入力に対して車輪が回り車体が前に向かって駆動される反応がマイルドなことに、(硬い反応のアルミと比べて)肉体が喜ぶ。本能的、感覚的、直感的に、肉体が喜び、歓迎しているのを感じる。ホッとするとでもいうか、トゲトゲしい感じと無縁というか、鉄(クロモリ)フレームは、肉体との相性が良いのだと実感する。
アルミの硬さは、動力、エネルギーの伝達という面では効率が良いのだろうが、肉体(骨格、関節、筋肉など)に対する衝撃的負荷が大きいのだろう。ランニング、ウォーキングなどで土やトラックの上を走るよりもアスファルトの路面を走ると関節を痛めやすい、というのと同じような感覚だろうか。
鉄フレームの乗り味、乗り心地の良さについては、鉄フレームは重いため、走行時の路面からのショックをその重さ自体でいなすから、全体的な感覚として乗り心地がマイルドに感じるのだ、という説もある。
鉄フレームだからといって極限的に軽さを追求した物は、素材を細く薄くしても強度を確保するために、特殊な素材配合をする結果、硬い物になり、結果、乗り味も硬くなるという。(総重量10kgほどが一般的な鉄フレーム自転車道だが、8kgほどしかないミヤタのエレベーションとかは、鉄としては硬い乗り味だそうだ)そんな素材の特性と共に、やはり重量が乗り味に影響を及ぼしているという事なのだろうか。
それを思うと、一般的な鉄フレーム自転車の乗り味の良さ、しなやかさは、トリプル・ダブルデバッドなどの加工技術を背景とした鉄素材の持ち味と、適度な重量によってもたらされるものなのだろう。




そんな、しっとりとした自転車の乗り味を楽しみながら、天空の道を行くかのような荒川サイクリングロードを走ってゆく。延々と続く、10メートル以上の高さがあろうかという堤防の左右は広大な関東平野の田畑や草野が広がるばかりで、凄まじいほどに見晴らしが良い。地平線の彼方を、秩父や群馬の山並みが縁取っている。ヘルメットの風切り音がビョウと鳴り、スポークが空気を切り裂く響きが、小さくヴーンとうなり続ける。

やがて堤防はY字に分かれ、荒川サイクリングロードは比企自転車道に分岐する。比企側をさらに行くと、余りにも広大で現実離れした荒川を離れ、市野川はやや規模を小さくして、むしろ生々しい岸辺や川面の姿を見せ始める。
上流に進むほど堤防は低く小さくなり、川も曲がりくねりながら野を行く小川といった風情に変化してゆく。川をはさんで落葉樹の並木が続き、先程までの「天空の道」から下界の道に降りてきたのだと実感する。自然護岸の小川は何やら懐かしく、川に沿って続くサイクリングロードを速度を落として進みながら、何だかホロホロと泣けてくる。

この道は、老年のサイクリストを多く見かける気がする。渋好みの味わい深い道だ。



荒川流域という場所柄、川島町は肥沃で広大な農地を有しただけでなく、江戸期には水運の拠点として発展し、殊に川越藩が江戸に米を運ぶための集積場となり、大いに栄えたという。
そんなせいか比較的余裕のある家が多かったのであろう。要所の辻などに数百年経った今でも野仏・石仏が立っているのを、しばしば見かける。
野仏・石仏というと、辻の地蔵サンというイメージが強い。しかし、江戸期には庚申信仰が爆発的に流行し、関東地方で野仏・石仏を見かけると、かなりの確率で、足元に三猿が彫られ、その上に邪鬼を踏み付けた青面金剛が彫られた庚申塔である場合が多い。
これは仏教・地蔵とはほぼ無関係な庚申信仰に基づく記念碑みたいなもんだ。近隣の住民が定期的に集まって夜更かしをするという、半ば娯楽の要素が強い庚申信仰は、関東の農村社会のムラ的雰囲気と良くマッチして江戸期の農家を席巻したが、明治期になると社会の変化と伴に衰退した。現代では信仰自体は霧散消滅したが、上記の石の庚申塔は、地蔵や観音と並んで今でも道端や寺庭に立っている。

荒川サイクリングロードで川島町近辺を走っていると、石仏・野仏等を実に多く見かけるが、この辺りでは庚申塔よりも、水神、水天宮が、まず多い。やはり水害に悩まされ続けたからであろう。
そして、次によく見かけるのは馬頭観音だ。農耕の労働力として、そして水運拠点だけに荷役の主役として大いに馬が活躍し、大切にされたのであろう。頭に馬の顔を乗せた三面六臂像であったり、馬頭観世音と文字彫りだけのものなど形態は様々だが、この馬頭観音の多さも地域的な特徴であろう。

通勤で荷役馬のような実用自転に毎日のように乗り、休日もこんなふうにスポーツ自転車に乗っていると、馬頭観音を見る度に自転車に感謝しなくてはなあ、などとも思う。馬は生き物だけに、往時の人々が馬に寄せる気持ちは余程深く、単なる家畜か労働を支えるエンジンなどといった功利的な関係を超えた、観音を建てる程の親密さを持っていたのだろうとしみじみと思わせられる。

路傍に立つ石仏の多くは、江戸期のものだ。道端に数百年立ち続けた間に、ヒトは何世代も入れ替わり、自分自身もたかだか数十年後には確実にこの世に存在しない。
こんなふうにスポーツ自転車に乗って走り回れるのは、せいぜい月に数回だ。しかも、数か月ごとに季節は変わり、景色は大きく変化する。
そう思うまでもなく、一度一度ごとのライドはそれぞれなりに貴重であり、大切にしてゆきたい。人は有限性を持つ存在であればこそ、今日は尊い。ライドも、同じものは決して無い。乗ること自体を楽しみ、周囲の景色や風物を愛でたい。自分がライドにおいて得る、自分自身の反応を味わいたい。外的刺激に対して、どんな自分が立ち現れるのか。そして、それさえも自分自身ではなということや、継続性を持ちながらも次々と現出する自分に気付き続けたい。
湧き起こる内的欲求の過剰さを離れ、ライドという有酸素運動によってもたらされる、外界に対する極めて身体的な運動、原初的な反応、純粋な肉体的な喜びに身を任せたい。
結果、無意識領域の自己を源泉とする欲求は本来のレベルに落ち着き、合目的的な行動や思考が全面に立ち現れ、外界に対して実に素直に反応する自分が出現する…。
ライドは、自我を覆っていた垢を落としてくれる。

ライドは、自我を覆っていた夾雑物を落としてくれる…。
驚くべき事に、ライドは、素直で快活な自分を現出してくれる…!(例えば、それはまるで、森田療法のようにw)
だから、これからも、一度一度のスポーツ自転車での走行を、大切に味わいたい。


ラーフラ(私という幻想) - 藤尾
2019/02/09 (Sat) 21:22:28
ゴータマ・シッタルタが長男にラーフラ(邪魔する者)と名付けて、城門を出て出家したのは、抜き差しならぬ内的要請に基づく、ギリギリの選択であったであろう。


人間は、自分を中心として仮構した世界観を生きている。例えば、「運が良い、悪い」などという感覚は、自己を中心に据えた視点を生きているからこそ発現する思考・感覚である。

自我は、自分の他者との関係や、自己が所属するという幻想を持った社会における自己の位置づけによって、構築される。そして、その際の他者とか社会さえも、自己を中心に自己の内で幻想されたものでしかない。自我は無数の関係の網の目に立ち上がった存在でしかなく、絶対的に存在するものではないのに、あたかも自分も他者も社会も、絶対的に在るものという前提で生きている…。。
たしかに、現時点を生きる自分は存在する。しかしそれは、(そんな「自分」という自己規定は)自身で視点を変えてみれば、いかようにも変更可能なものでしかない。(セルフイメージ・自己規定の幻想を生きているにすぎない。例えば、自己イメージと他者から見た自分はまるで違うものだろう)つまり、絶対的な自分などありはしないということだ。

他者や社会は、これほどまでに自己を中心に構築されたものでしかない。自分中心の世界観においては、自分が主人公であるが、(逆に)他者・社会的から見た自分は、多くの場合、ラーフラ(邪魔するモノ)である。その時の私は、他者からすれば、他者の邪魔をする存在かもしれないし、社会環境を消費し汚染する邪魔者でしかないかもしれない。


自分という個人を生きる時に対面する課題と、社会的存在としての自分を生きる時の社会的要請は、自ずと異なるものになる。
自分という個人を生きる場面で現出する課題、に対する解決方法は、ともすると反社会的で非常識である場合が多い。それは当然だし、仕方の無いことだ。
そして、社会的自己を生きる時、その非常識で反社会的な行為は社会から非難・糾弾され、社会的制裁を受けることになる。
そのため、多くの場合、両者のバランスを考慮した折中案的な解決方法を選択するわけだが、それは結果として、自身の内に影をため込む事になるであろう。影=選択されなかったもう一つの生きる可能性は消え去るのではなく、無意識領域である自己の内に抑圧され、熾火のように静かにくすぶり続ける。影は、その存在を認める事を求めて、様々に巧妙な偽装を隠れ蓑にしながら、自我を侵襲・奪取する機会をうかがい続けている。自我は、湧き起こる影の巧妙な攻撃と、超自我の板挟みにあい、歪められるであろう…。
この時、自分個人は、自分自身の内に潜む無意識領域である自己や自我と正面から対峙し、自分自身というものの全貌を肯定的に承認する事を要請される。
さて、この時こそが、仏教の出番だろう。

しかしこれは、生涯に一度か二度というような特別な事ではなく、様々な日常場面に敷延して当てはまるということに気づく。
苦からの脱却を目指す仏教であるが、ここでいう「苦からの脱却」とは、現代的な用語にに換言すれば、欲求不満状態、ストレス状態からのセルフコントロール・自己救済とも言えるだろう。(「苦」の多くは、私・自分を中心に据えた自分勝手な世界観に起因する)
それは日常のちょっとしたイライラから、死に至るほどの重篤な課題まで、様々な様態をもって、生涯、人を心理的・精神的に悩ませるであろう。仮に、いっとき「悟り」のようなものを得たとしても。人の自我は、内から湧き起こりつづける欲求や、外的な刺激に対して、瞬間瞬間に、都度反応して立ち上がるものであるから。生育歴的において自我を覆うように構築された受容反応パターンは変更可能だが、生得的な受容反応パターンである性格傾向は、生涯、変更不可能であるから…。
この、親累代から引き継いだ性格傾向こそが、「輪廻」の本質である。


こういった心理的メカニズムを内省的に理解することによって、仏教の言う無明・無知を脱却すれば、(心理的・精神的な)生存「苦」から脱却できる…かというと、そう簡単なものでもあるまい。
先述の通り、自我は生得的な性格傾向をベースにして刻々と立ち上がるものだから。その度に、自身の心的受容反応行動をチェックし、自身の歪んだ・偏向した自分中心の世界観に基づく考え方を矯正してゆく…という営為が必要だ。
それを繰り返す内に、その機能は自然と強化されてゆき、「生育歴において獲得した、自我を取り巻く受容反応パターン」として、「チェック・修正機能」として、自動的に発動するようになるであろう。一度獲得したら生涯有効というものではなく、生涯、死ぬまで内省的な修練が、必要とされる…。まあ、お釈迦サンでさえ、死ぬまで瞑想の時を持ったのであるから、凡夫たる自分らにおいては、尚更であろう。

一度自転車に乗れるようになったら生涯乗れるのは、運動神経が小脳の機能の問題であるからだが、自我が、自分勝手な自分中心の世界観に気付いてそれから一瞬抜け出す術を獲得出来たとしても、結局、元の木阿弥、いつの間にかまた自分中心の世界観を生きている…のは、大脳前縁皮質に所在する自我が、進化的に未熟であるということではなく、現代社会の倫理道徳と、ヒトという動物として進化的に獲得してきた自我の構造が、合致していないという問題でもあるであろう。


冒頭に戻れば、他者をラーフラ(邪魔者)と感じたとき、実はそれは自分自身の鏡なのだ。自分自身が他者にとっては邪魔者であり、また、何者かを邪魔者と感じる心理自体は、自身の内に現出した身勝手な幻想でしかない。「私」という幻想を中心にした自分中心の世界観を生きているからこそ生じる幻想でしかない。
誰かイヤな人物に出会ったら、それはいつか何処かでの自分自身の姿であると気づくべきだろう。
それに、事あるごとに気付いてゆくこと、だろう。仏教の実践的な意義は、そんな所にあるのだろうと感じている。
巨人社の自転車でマスプロについて想うことなど - 藤尾
2019/01/23 (Wed) 22:50:55
「巨人社の自転車はコスパが良い」としばしば言われる。そこそこのコンポーネントを組み込んでいる割に価格が安い、ということだ。

で、巨人社の自転車を買うことにした。自転車は、工場で7割ほど組み立てられた状態で販売店に届き、お店で完成状態に組み上げて顧客の手に渡る。で、せっかく買うのだからメーカー直営店にしておけば、商品も、店での組み立て作業も完璧で間違えないだろう、ということで、自宅から遠いし、定価販売だし(近所の普通の自転車店では10~20%の割引価格で買える)、というデメリットを顧みず国内で数店舗しかないという巨人社の直営店で買ったのだった。絶対的な安心感と信頼を求めて…。

ところが、この自転車は、店で受け取って帰宅する十数キロも走らないうちにフロントギアの変速機が不動になった。リア側の変速機は数十回以上操作して(当然ながら)無問題なのだが、フロント側は5~6回も操作していないのに、変速レバーのテンションが急に無くなり、チェーンが内側から外側のギアに登らなくなってしまった。
さらに、よくよく車体をながめてみると、黒く塗装されているクランクが、広範囲にわたって擦れて地肌が見えている。フレーム下部には、ザックリと獣が巨大な爪で引っ掻いたような深い傷が数本走っている。腫れ物に触るようにそっと丁寧に乗ってきただけに、これらの傷だの擦れだのは初めから付いていたのだろう。

時間も遅かったので数日後に販売店に持ってゆくと、「あ、ワイヤーが伸びたんですね、調整します」と軽く言って、作業台に乗せて何やらいじって「はい、治りました。初期伸びは必ずあって初めは調整が必要なんですよね」と、言う。
余りにも馬鹿にした答えだ。実際は何かが外れたか、ワイヤーの取り回しが何かと干渉していたのではないか?あの急な変速レバーのテンションの喪失は、ワイヤーの伸びだけだとはとても思えない。仮にそうだったとしたら(ワイヤーの初期伸びが原因であるとしたら)、販売店での自転車の組み立て時に、「ワイヤーを伸ばして初期伸びを取る」という作業を怠っていたのだとしか言いようがない。
なのに、謝罪も弁解も無し。「そういうものだ」と言う強弁だけ。納車から300kmほども乗って、各部調整が必要ですね、というのであれば、話はわかる。でも買った直後の話だ。
そう指摘すると、いやいや納車前には十分に整備して傷が無いかなども確認しております、と言う。「傷?、付いてるじゃあないですか?」と言うと、何と、素直に認めた…。このクランクの擦れや、フレームにザックリと付いた傷のことは、店も認識していたのに、お客にすっトボけてそのまま引き渡した、という事だったのだ…。

安心感と信頼を求めて、わざわざ遠い上に定価販売の直営店で買ったのに、車体は傷物の上に整備不良のWパンチと来たもんだ。直営店に求める全てが裏切られた。
恐らく、車体の傷は、工場での梱包時とかに他の車体のギアとぶつけて深い傷が付いたのだろう。クランクの擦れは、台湾からの輸送中に荷崩れして段ボールと何度も何度も激しく擦れて、塗装が剥げたのだろうと想像される。(或いは、他の客が荒っぽく使った上に返品してきた車体を、いいかげんに点検して再び「新車」として再出荷されてきた個体だったのかもしれない)

本当は解約・返金と言いたい所だったが、他の個体との交換という事で済ませた。(今思えば、これが間違えだった…)


10日ほど後、新しい車体が入荷したので、再び受け取りに行った。ところが…。驚くべきことに次の車体もポンコツだった。
20kmほど走った頃から、「パキッ…ポキッ」と、指の関節を鳴らすような音がしはじめた。チェーンやギアなどが、どこかと当たったり干渉したりしているのか?と思い子細に点検したが、そういう原因ではないようだ。BBかクランクの辺りから音は響いてくる。30km、40kmと走行距離を増すに従い音のする頻度は頻繁になり、50km過ぎからはクランクを数回回転させる度に鳴るようになった。自転車を降りてペダルを回してみる限りでは音はしない。乗って荷重をかけて走り出すと、音がする…。
もう、バカバカしくて販売店に文句を言う気にもならない。
「いや、スポーツサイクルは繊細ですから、初期にはこういった事がおこりがちで、整備調整しながら乗ってゆくものなんです」とでも言うにきまっている。

確かにそういう面はあるのかもしれない。「ママチャリ」は頑丈な農耕馬・地上に居るよりも飛んでいる時間の方が長い旅客機のようなものだとすると、「スポーツサイクル」は、飛んでいる時間の、数倍の整備時間が必要な戦闘機のようなものかもしれない。
でも、僕の乗っているもう一台のスポーツサイクル(KHS製)は、すでに1000Km近く乗って、輪行も10回以上して、あちこちブツけたり倒したりしているが、異音のイの字もしないし、不具合のフの字も無い。チェーンにオイルを挿すぐらいの、ほぼノーメンテだが絶好調だ。恐らく、いわゆる「当たり」の部品ばかりで組まれた車体であった上に、組み立ても入念に行われた車体だったのだろう。
それにひきかえ、巨人社の2台の車体は、公差ギリギリの「不良」寸前の部品か、或いは抜き取り検査をすり抜けた不良品の部品が組み込まれた個体であった上に、組み立てにも何らかの抜けがあったのだろう。2台とも総合的な意味で「ハズレ」の車体だったのだ。

思えば、巨人社の2台の自転車が起こした不具合個所は、信頼の置ける「シマノ」の部品の個所ではなく、製品のコストダウンのためにシマノ以外の「安い部品」が使われている個所ばかりだ。(フロントギアクランク回り、BB、ワイヤーなど。ついでに言うと、不具合こそ起こさなかったが、この2台に装備されていた某社ワイヤー式ディスクブレーキは、引きが重くて手が疲れる粗悪品だった…)

結論としては、巨人社の自転車は、よく言われるような「コスパが良い」というのではなく、「安かろう悪かろう」であった、ということだ。少なくとも、僕が経験した2台は。
さらに言えば、「メーカー直営店」だからといって、特に丁寧で高度な整備や、製品に対する特別な気遣いがされるというワケではない、という事が判明した。(それどころか、傷物の粗悪品を整備不良状態で売りつけられる、B級商品処分場であった。もちろん、この直営店の商売の全てがそうだというワケではないでしょうが、少なくとも僕個人にとっては、結果として立て続けに粗悪品を押し付けられたというのは厳然たる事実です)
まあ、勝手に期待を掛けた僕が悪いんですけど…。


あ、で、パキポキ音のする2台目の「新車」はどうしたかって?
あまりのアホらしさに、わざわざ遠い「直営店」に持って行って文句を言う気力も無くし、「スポーツサイクル買い取り専門店」に叩き売りました。自転車を作業台に乗せて、ひと通り各部の動作確認はしていましたが、あのパキポキ音は実際に乗って荷重をかけて走らなくては鳴らないので、「不具合無しの美品」という事で高価買取していただきました。

それにしても、買い取り金額は新車価格の1/3強でしかありません。
今回は、高い授業料でした。

     ※

そういえば昔、レッドバロンで買った中古オートバイが、実際に乗って走らなければわからない不具合を抱えていて、泣かされたのを思い出します。ある程度の長距離を走って各部が高温になると、信号待ちなどで、ストンとエンジンがストールしてしまい、数十分間放置しないとエンジンが再始動しない、という症状でした。中古買い取り・販売店でチョロッと検査しただけでは見つけられない不具合ですね。恐らく、前のオーナーは、この症状に嫌気がさして愛想をつかしてレッドバロンにオートバイを売り払ったのでしょう。当然、レッドバロンにはそんな不具合の存在は申告せずに。

さらに言うと、中古のカメラレンズでも同じような経験があります。ライカのレンズの「新品同様」品を買ったのですが、今一つピントが甘い。あのレンズは、外観上、傷は無かったけれど、何らかの衝撃や振動を受けて調整がズレた個体だったのだと想像されます。中古買い取り・販売店では、外観がキレイなだけに甘い検査で「新品同様」として査定したのでしょう。当のレンズを売った側の人は、ピントの来なくなったレンズを修理に出すと(ライカだけに)えらく費用がかかるので、「ほとんど使ってません。外観、キレイでしょ」とかだけ言って、まんまと売り抜けたのでしょう。
もちろん、この時のレンズは、カメラ店に返品しました。

レンズといえば、こんな事もあった。中華製の、レンズのマウントアダプターは、両端にネジが切ってある単なる筒というだけの単純な製品なのに、ネジ山がいい加減で、レンズが装着できないというシロモノだった。21世紀にもなって、こんな単純な構造の機器なのに、これほど出鱈目な粗悪品が流通しているというのは、ちょっと信じられない思いがしたものだ。
マウントアダプターでは、装着すると、カメラ本体の内部の部品と干渉して、カメラ本体内部を削ってしまうという恐ろしい製品に出くわした事もある。魑魅魍魎の世界だ。

そうそう、ヤフオクでは、カビだらけのレンズを「スカッとキレイな良品です」と嘘を言われて掴まされた事もあります。(この時は、売り手の「当方素人のためノークレームノーリターンで」という前置きがあったため、泣き寝入りしました…笑)



今回の自転車の件では、逆に、僕は不良品を掴まされる側ではなく、不良品を野に放つ側に立ってしまいました。正直、あんまし胸は痛みません。良心の呵責に苛まれるっていう事も全然ありません。自分で驚きです。今まで何度も何度も何度も掴まされる側に立ってきたからでしょうか…。


それ以外でも、長年生きていると(新品の)工業製品を買ったら不良品だった、という経験は、いくらでももあります。カメラでは上記の他にスウィッチが利かないなどの不良が2度ありました。即、交換でした。アパレルでも、数万円のジャケットなのに、いきなりボタンがブラブラという事もありました。(父親が買った車が、いきなり交差点の真ん中でラジエターから蒸気を噴き出した、という事もありました)
それを思えば、今回のように(新品の)自転車が不良品だったり傷物だったりしたって、別に、珍しいわけでも何でもないわけです。

でも、いずれにしても、もう巨人社の自転車は買いません。2台立て続けじゃあねえ…。これは巨人社の何らかの企業体質が露呈したっていう事なんでしょうか?コストダウンの弊害っていう事でしょうか?
とにかく、わざわざ行った「直営店」でこんな目にあった、っていうショックが一番大きいですねえ…。
あと、教訓としては、自転車は自宅の近くの店で買うべきです。すぐに修理に出すなり文句を言うなりができるように。

禅ライド (KHS F20R 輪行) - 藤尾
2018/12/06 (Thu) 22:45:08
西武鉄道秩父線を正丸駅で降りると、改札前は長蛇の列だった。トレランの大会があるらしい。二十から三十歳代の女性ばかりが圧倒的に多い中、男性がちらほら混じっている。レースの主体はレディースだが、男女ペアの枠もあるのだという。

正丸駅駅前広場は、出走を控えた数百人のランナーたちで埋め尽くされている。スポンサーである日焼け止めクリームのメーカーブースでは、軽快な音楽が流れ、バニーガールが立ってしきりと商品宣伝のアナウンスをしている。

そんな駅前の片隅のベンチ脇で輪行バックを開いて自転車を組み立てていると、ベンチに小柄で清楚な女性が来てスルスルと着替え始めた。素足になりソックスを履き替える。パンツ(ズボン)を脱ぐと短いランニングパンツと程よい筋肉の丸みを持った太腿が現れたのには思わずドキリとさせられた。

自転車を組み終わり、サドルに座った瞬間、シートポストがズルッと下がって驚かされた。チラチラと盗み見しながら自転車を組み立てていたせいか、ネジを締め忘れたのだ。

     ※

緩い登りが続き、「こんなものか、楽勝だな」などと思いながら、路傍の石仏の写真を撮りながらゆるゆると進んでゆく。
しかし、そんな余裕は初めのうちだけだった。ヘアピンカーブを折れると、道は急に傾斜をキツくしはじめた。
山肌を削って無理やり造られた道は、容赦ない急角度の登り坂が続く。
自転車のフロントギアは、上り坂が始まった時点で軽い方へシフトした。リアのギアも、上るにしたがいキツくなる坂の角度に呼応するように、一段ずつ下げてゆき、もう残りは少ない。脚の筋肉の悲鳴に耐えかねて、ついにリアもローに入れた。もう後がない。それでも呼吸がさらに激しくなる。

歩くような速度でペダルを踏み込み続けたが、もうダメだ。ついに路面に足を着く。
これが、今の僕の限界だろう。後は、自転車を降りて押して上ってゆくしかない。いわゆる登山状態、というやつだ。


自転車(スポーツサイクル)は初心者だが、登山は多少なりとも経験者だ。この山道も、徒歩で何度か登っている。徒歩で行けば、ハイキングレベルの何という事も無い平凡な緩い上り坂でしかない。しかし、それを自転車に乗って上るとなると、これほど苦しいものだとは…。
後は、一歩ずつ淡々と登ってゆくだけだ。自転車は10kgほどの重さだが、車輪は良く転がり、それを押しながら歩いても、ほとんど負荷は感じない。
つづら折れの道を急角度で左右に登ってゆくと、深い木陰と初冬の日差しとが交互に現れる。鳥たちが遠く近くで鳴き交わす。高度を増すにつれて空気がはっきりと冷たくなる。自転車に乗っている時とは違う筋肉が使われてゆくのを感じながら脚を進める。

しばらく登ると、逆光で黄金色に輝く黄葉を背景に、地蔵が立っていた。傍らに赤い椿が咲いている。「子ノ権現」に着いたのだ。



参拝を済ませ、「足腰守」をいただいて、今度は坂を下り始める。
ヨロヨロと上ってきた時は気づかなかったが、急角度で下りながら次々とヘアピンカーブが続く。速度が乗りすぎて恐ろしいほどだ。

喘ぎながら登った道をあっという間に下り、県道に戻って「天目指峠」を越える。
登りは、またしてもすぐに足をついてしまい、登山状態だったが、峠を超えた下りは先ほどにもまして凄まじい急坂だ。ほとんどブレーキから指を離せない。過熱しないようにブレーキングに間断を付けながら下り続ける。
いくつもコーナーを抜けてゆくと、徐々に直線部分が長くなってくる。ブレーキを緩める。さらに速度が増す。気づくと速度計のデジタル表示は41.5km/hだ。路面が荒れた個所ではハンドルが激しく小刻みに震える。451サイズとはいえ20インチのタイヤで40km/hオーバーは恐ろしい。ブレーキを長めに握って速度を制御する。ペダルを漕がずに冷たい風を受け続けて、身体がどんどん冷えてゆく。


高度を下げ続けると、ある地点でフワッと空気が暖かくなった。空気の層が変わったのだろう。木々に囲まれた道をさらに下り続けると、ポツリ、ポツリと民家が現れ始めた。下界・人界に戻ってきたのだと実感する。

突如、道はT字路に突き当たった。山間を縫うように続いた、か細い3桁県道395号線は終わり、名栗川沿いを走る立派な県道53号に入った。後は、飯能まで延々と下ってゆくだけだ。


途中、黄色い建物が洒落ている洋食屋「ターニップ」で焼きカレーを食べる。旨い。いくらでも食べられそうだ。デザートも追加しようと思うが、前傾姿勢が辛くなるので我慢しておく。

     ※

交通量の少ない、ほぼ平坦な道を延々と定速で走り続ける。
ただただ脚を回し続けていると、只管に行ずる感覚で、まるで禅のようだ。全身の感覚器は外界に対して開かれており、風の流れや気温を感じ、ヘルメットの風切り音や鳥の鳴き声が通り過ぎてゆく。自転車と接触している手、足、尻は路面の細かな凹凸や車体の動きを感じ続ける。腰・脚の筋肉が躍動し続け、胸・腹は呼吸を繰り返している…。

しばらくぶりに赤信号で停車すると、十字路に地蔵さんが佇んでいた。自転車を路肩にとめ、写真におさめる。
往路にあった石仏も、この石仏も江戸期に立てられたものだ。地蔵が立ち続けた数百年間の間に、人は何世代も入れ替わり、自分自身もたかだか数十年後には確実にこの世には存在しない。人は、そんな有限性を持つ存在であればこそ、今日は尊い。
全てを、ただただ無批判的に愛したい。たとえ何事かを嫌おうと、そんな感情の主体である自分など様々な縁起の上に浮かんだ、相対的な極めて小さな存在でしかない、という事は忘れずにいたい。自分が固執する小さなこだわりや偏屈な自尊心など、屁のようなものでしかない。

自分を卑下する必要は無いが、自分が自分がという夜郎自大にならないように気を付けたい。この連綿と続く自然や時代の中で、自分はほんのいっとき存在しているにすぎないのだから。
そんな気づきを新たにしながら東飯能駅にたどりつき、自転車を畳んで電車に乗った。
また、日常へ帰ってゆくのだ。

自転車(その4 クラリスの「味わい深さ」) - 藤尾
2018/11/17 (Sat) 23:01:33
さて、クラリスです。シマノの「クラリス」が付いたロードバイク(スポーツ自転車ね)を買った、という話の続きです。

シマノのコンポーネントは7段階の「グレード」があるが、クラリスは6番目、下から2番目だ。(でも7番目のターニーはちょっと性質が異なるので、クラリスは実質、最下級のコンポーネントと言って差し支えないでしょう)
上位機種になるほど、変速段数が多かったり、変速がスタッと確実に決まるらしいです。


僕のミニベロは、クラリスより1段階グレードの高い5番目のソラですが、クラリスの8段に対して9段であるという他、変速もカシャッと小気味よく決まります。
それに対してクラリスの変速動作は、何というか、実にノンビリしています。
リアは、まあ普通に、カシャンと決まります。(でもソラより気持ちシャープさに欠けます)

クラリスの特異さを最も感じさせられる部分、特徴的な所は、フロントの変速機の動作感覚です。
これがまた、なんていうか、「ズル、ガシャガシャガラッ…、ガッシャン!」という感じです。
「あ、変速でっか。へい。それっ、よいしょッと…、あ、もう少しだ、ガッシャン!ふー!お待たせさん、できましたぜ、旦那」
っていう感じで、何とも「味わい深い」です。一生懸命やってますぜ、っていう感じで、
「あームリ言ってすいませんでした、ご苦労さんです」
と、思わずねぎらいの声をかけずにいられない


左指でSTIレバー(変速レバー)の操作をする感覚も独特です。右手でリアの変速を変える時はクリックする感じですが、左手・フロントギアの変速操作は、レバーを長押しする感じです。それも、ガラガラズルズルとなかなか決まらない変速を、背中を後押しして助けてあげるような感じにレバーを押し込み続けてあげる必要がある。
「それっ、もう少しで外側のギアにチェーンが上がりますよ!そら、少し巻き付いた!もう一息でっせ、それっ!よいしょっ」
という感じで背中を押してあげる感じでレバーを押しこみ続ける。
いやー、のんびりと機械との対話をしながら操作している感じがして、なかなかノドカでいいもんです。

これが、クラリスの良い所でしょう。じつにノンビリしていて、のどかで味わい深いです。
え? 何バカを言ってるんだって?
はい、競技志向の人や、ハードな乗りかたを追求しようとしている人にとっては、瞬時に確実に決まる変速が絶対的に必要でしょう。そんな人から見たら、クラリスは100%選択の対象外でしょう。

でも、僕みたいにノンビリと風景を楽しみながら少々遠くまで走る、という事だけが目的の場合、クラリスはライダーを急かす事もなく、乗り手にゆったりと付き合ってくれます。
こんなクラリスに、何か不足でもあるでしょうか?




コンポーネントの持つ性質、自転車のジオメトリーの持つ性格は様々です。メーカーも、本来は使用者の様々な必要に合わせて様々な製品を用意しているわけです。乗り手の目的しだいで選べばよい、という事です。
でも、ともすると「グレード」という言葉がヒエラルキー、カーストといったようなとらえ方にネジ曲がって、「ランク付け・優劣付け」という事に矮小化されてしまう…。バカな話です。
そんなつまらない一面的な見方でスポーツサイクルを観る目は捨てたい。
メーカーもショップもメディアも、利益を上げるためには少々消費者を煽る事も必要なのかもしれないけれど、まあ、ほどほどに…という感じでしょうか。



クラリス礼賛みたいな話になりましたが、人それぞれっていうだけの事です。
「クラリスが付いてる自転車なんて買って、バカな事をした。せめて105が付いてる自転車に乗り換えなくちゃ」と後悔している方。自分自身が自転車に乗る目的とか理由とかを再確認した上でどうぞ、っていう話でした。

自転車(その3 クラリス) - 藤尾
2018/11/16 (Fri) 23:21:23
商品紹介、レビュー記事等で、「エントリー向け」とか「初心者向け」などいう言葉を使っている文章に出くわしたら、その書き手の記事は8割がたは眉唾ものであると思った方が良いだろう。
メーカーの販売戦略のお先棒を担いでいる提灯記事であったり、自分はこんな知識があるんだぜ、オレ様は違いが分かる男なんだぜ、と粋がっている小僧のいい加減な殴り書きでしかない場合がほとんどだ。

明確な目的を持っていて、それには何が必要か・どんな道具が必要かというのが、消費者が本来持つべき態度姿勢であるが、それ(目的)が明確でない場合、上記のような商品レビューに惑わされがちだ。
また、当初は本人の目的相応の物を買おうとしていても、「その程度の物しか持っていないようでは他人からバカにされる」という見栄が働いて、本来の目的に沿った物以上の、不必要に高度な仕様の商品に手を出すというのも、よくある事だ。


自動車に関しては、そういった商品のヒエラルキーは今でも存在するものの、消費者意識が成熟して、使用目的に沿った商品選びというものが昔に比べると随分と一般化したように感じる。
僕の専門分野のカメラ・レンズの世界でも同様に撮影目的や、主要な被写体によって、適切な商品を選ぶということが普通になってきたが、それでもいまだにプロが使っているとかプロ仕様という言葉に弱いユーザーが多い。そんな性能は必要なわけでもないのに、少しでも高度な仕様のカメラ、レンズを欲しがる。高価で高性能なカメラ・レンズと、自分自身のセルフイメージを重ね合わせて、他者に対する自己の優越を捏造して、自我の安定を図ろうとする企て、というわけだ。
「夢だ」「ロマンだ」という言葉の欺瞞には気を付けたいものだ。



さて、以前触れたとおり、最近スポーツサイクル(自転車)の世界に足を踏み入れたのだが、自転車を買うに当たっては、冒頭のように商品紹介、レビューの内容に振り回されないように注意をはらった。
ロードバイク愛好家の世界は、カメラの世界以上に(製品の仕様によって)強固なヒエラルキーが厳然と幅をきかせているのを目の当たりにして、驚愕すると同時にいささか呆れる思いがした。「初心者・入門者でも、コンポーネントはシマノの105以上のものを選ばなければ後悔する」、などとまことしやかに煽りまくる。
確かに競技志向の者や、極めてハードな乗り方を追求しようとする者に対しては、そんなアドバイスは妥当なのかもしれない。「上」を目指して鍛え上げてゆけば、マシンもより高度な仕様の物が必要になる。上位機能の機種にコンポーネントを組み替えてゆく事まで見据えれば、初めからあるレベル以上の物を選んでおく必要がある。でも(これは直観だが)、厳しく見ればそんな者はスポーツサイクルに乗る者の2パーセントほど、どんなに甘く見ても2割以下だろう。
多くの者にとって自転車は、競技や他者との競争が目的なのではなく、サイクリング自体を楽しんだり、旅の一形態としての手段であったり、健康維持のための手段として…などが目的であったはずだ。しかし、スポーツ自転車に関する情報を集めていると、部品のグレードの事ばかりで、スポーツサイクルに乗る者は、より高度な仕様の車体・部品を追い求めなければならない、という雰囲気に、いつの間にか飲み込まれてしまう。雑誌、webでメーカーやショップが「少しでも良い物を買わなければ後悔するぞ」と消費者に刷り込みを行い、不自然なまでの上昇志向に誘導してゆく。
これは、どんな世界にでもある事ではあるのだけれど、自転車界のソレは、あまりにも露骨だ。まあ、その反動で純粋なロードバイクは処々に衰退基調で、クロスバイクだのグラベルロードだのの新商品が各メーカーから出始めている。でもそれとてメーカー主導でありすぎると、その中でまた妙なランク付けが始まり…、という構図が再現されるのだろうけれど。



で、僕が選んだ自転車は、初心者向けとされるクラリスで構成された製品だ。作動は少々モッサリしているが、練れた、枯れた技術・パーツ構成で製造された、危なげの無い、必要充分な機能・性能の製品だ。
予算はこの自転車が3台以上買えるほどあったが、あえてコレを選んだ。なんせ、僕が今回自転車を買う目的は、運動不足の解消と、少なくとも(平坦な場所を)一日60km以上走ること、でしかない。ミニベロKHS F20では一日50kmほどがいいところだが、それ以上の距離を走れるものを、というのが目的だ。それだけだ。クラリスが妥当であろう。

(写真 ↓ これはロードバイクの方ではなく、もう一台のミニベロの方。コンポーネントはSORA。こいつでけっこうハードに走るが、SORAで必要十分www)
自転車(その2。年寄の冷や水www) - 藤尾
2018/11/12 (Mon) 23:43:14
これまでこの板では、自分自身にとって大切な趣味やこだわり、自己肯定的なセルフイメージ、他者に誇るべき自己規定などを総称して、「自我を支えるアイテム」と呼んできた。
現代人は、ともすると「自我を支えるアイテム」に過依存しがちであり、過剰な自我防衛に通じるという意味で、どちらかというと排除すべき悪習といったイメージを持って語ってきた。
しかしヒトが生きてゆく上で、精神的に必要な、自分自身を構成するアイテム、自分自身を支えるアイテムの一つ、という役割を担う物であると考えれば、あながち悪いものというわけでもないと、最近は思うようになった。
ヒトは、そんなに強いものでは無いし、完全無欠ではない。ヒトは常に、どんな場面でも模範的であり続けることは、できない。ヒトは表裏があるのが当然だし、陰日向があるのが自然な姿だ。
そんな柔軟な視点から肯定的なイメージを込めて、「自我を支えるアイテム」という概念を、「自我を支える補助具」と言い直しても良いだろう。

     ※

老人には、何かと「補助具」が必要だ。老眼鏡とか、入れ歯とか、白髪染めとか杖とか…
年寄りには、更に「自我を支える補助具」も必要だ。

年寄りは、ともすると気付かぬうちに様々な「精神的な補助具」にすがって、自我の安定の補強を図っている。自尊心を支える何らかの「補助具」を必要としている。
例えば、自身の過去になし得た実績とか(過去の栄光とか)、自身のかつてのカイシャ内における地位や役職とか、自身の生きた世代の輝かしさとか、自分の(かつて)属した組織の偉大さとか、はたまた自国の素晴らしさとか…。

社会にも家庭にも居場所を喪失した年寄は、細りがちな自己規定・セルフイメージを、それらによって補強し、自我を支えるアイテム、もとい、自我を支える補助具として、それらに頑なにしがみ付こうとする…。
まあ、しかし、それは悪い事と一蹴するのは酷だろう。現代日本の年寄の置かれた立場を考えれば無理からぬことと了解せねば、年寄の立つ瀬がない。かつての農村社会における年寄と、現代社会における年寄とでは、あらゆる意味で置かれた状況が異なるのだ。
昔は「長年の経験を経て、知恵を持つ長老」としての年寄であったかもしれぬが、今や年寄は…。



そして、年寄りは「自転車」にも補助具が必要だ。ロードバイクは、スポーツサイクルとしての存在理由と価値を標榜するために、ライダーに様々な無理を強いる。ロードバイクには驚かされる事が多すぎる。
・市街地走行において、あんな前傾姿勢を強いられるのはいかがなものか?ハッキリ言ってあの姿勢は、市街地の公道では自殺行為・殺人未遂的な暴挙だ。
・ドロップハンドルのブラケットのブレーキの力の入れにくさといったら、アレは欠陥商品なみだ。下ハンならまだしもだが、下ハンにぎってずっと市街地を走れるワケがない。
・軽量化とか、フレームの強度の問題とかいって、スタンドを付けないのが当然、というのが当然視されているが、アレは極度な自意識過剰でしかないだろう。店舗だろうが他人様の家だろうが神社仏閣だろうが、どこでもかまわず自転車を立てかけるなど狂気の沙汰だ。特別な乗り物に乗っている特別な行為だから許されるとでも思っているのだろうか?
・あの細いタイヤは何事だ?確かによく走る。でも荒れた路面や溝とか路肩のフタとかやたらと気を遣わなければならないし、乗り心地も最低だ。
・あの石のようなサドルは何だ?拷問か?
どれもこれも、早く走るための工夫を追求したがための結果としての装備なのだろうが、みんな少なからず、やせ我慢をしながら(或は嬉々として)平気な顔を装って乗っているのだろう。
好きなやつは、そんな拷問器具のようなシロモノに喜んで乗るがいい。
これらは、まさに自我を支えるアイテム、もとい、自我を支える補助具というワケだろう。先鋭的でマニアックなロードバイクに乗っている自分、という自己規定に依存する者ほど、ロードバイクは過激で世間離れしたものでることが貴いと感じるであろう。(冒頭で述べたとおり、それは必ずしも悪い事でも恥ずかしい事でもない。世間様に迷惑をあまりかけない限りにおいては)

でも、オレ様は、ロードバイクに乗る自分、という自己規定・セルフイメージには、特段、重きを置かないので、心肺・筋肉・神経に良い刺激を与えてくれる、かつ、楽しい移動のできる乗り物でさえあれば、見栄えなんか悪くても、楽な方が嬉しいのだ。
オレ様はイヤだ。いくらスポーツサイクルだからと言っても、我慢なんか極力したくない。だから、アップライトな乗車姿勢で、補助ブレーキレバーが付いていて、太目のタイヤで、スタンドが付いた自転車に乗るのだ。ジジイは我慢なんかしないで、自分の本当の気持ちに正直に、乗りやすいモノに乗るのだ。スポーツ車だからといって、市街地・公道を走るのに理不尽な装備の自転車になんか乗らないのだ!!!(純粋なロードバイクが衰退気味で、クロスバイクやグラベルロード車が流行するというのは、大いに頷ける流れだ。まあ、これは、カメラ業界で言えば一眼レフが衰退し、ミラーレス機が伸びてゆくという流れと酷似している)



ましてや五十のいや六十の手習いとして、年寄りの冷や水的に乗り始めた中高年初心者ライダーには「補助具」が必要だ。
高めのハンドル位置によってもたらされるアップライト気意味の乗車姿勢とか。そして、何と言っても「補助ブレーキレバー」は涙が出るほどありがたい。

当初はビアンキにしようと思っていたのだ。なんてったって、あの空色・チェレステカラーが素敵じゃん!でも、小娘でもあるまいに、いい歳こいたジジイが、爽やかなチェレステ色でもあるまい…。と思うと、ビアンキ熱はバケツで水を掛けられたように一気に萎み…。
その他、乗り心地と走破性を考えて、タイヤ太めのクロスロード車を中心に色々迷いまして。トレックとかジオスとかセンチュリオンとかフェルトとか。で最後はFujiの「砂利」にしようと決めて現金握りしめて店に行って聞くと「納車は3か月後です」という。へー、そういうものかと思って店内をみているとGIANTのAnyroadに「補助ブレーキレバー」が付いているのを発見した。しかもドロップハンドルバーの、どの位置を握っていても指が届くという驚異のブレーキレバーだ。
ああ、年寄の初心者が、フラフラとのんびり走ろうと考えているジジイに必要なのは、この万能補助ブレーキレバーだ!

それまで、ジャイアントの自転車は、毎日あまりにも多く見かけすぎるので、選択の対象外だったのだが、そんなつまらない見栄は、「万能補助ブレーキレバー」と、アップライト気味で楽そうなポジションを目の当たりにして、一気に吹き飛んでしまった。
で、ビアンキでもトレックでもなく、ジャイアントの、比較的楽な姿勢でどこでも走れる自転車を買ったのだったwww

自転車 - 藤尾
2018/11/09 (Fri) 23:56:53
やあ、お久しぶり。
あ、マリオ氏、荷物届きました。ありがとうございます。すげえ面白そうだ。ゆっくり観させていただきます。


さて、ところで、ここの所、更新に間があったのは、ドップリ自転車の世界にはまっていたからなのだ。
切っ掛けは彼岸花の季節にさかのぼる。彼岸花の撮影ポイントをネットで探していたら、川越方面で、田んぼの中に立つ数基の石仏を囲んで、見事に彼岸花が咲く場所があるのだという情報を得た。同様の情報を数人が発信しているが、詳細な場所は誰も明かしていない。わずかに、川島町のホンダエアポート近辺で、上尾から川越に抜ける旧道沿いであることだけが判った。

これだけの情報では、車で行ったのでは、それらしい場所で何処かに駐車して、歩き回って探し、また車で移動して降りて歩き回り、となって小回りが利かなすぎる。かといって、捜索範囲が広いために、得意の電車+徒歩+バスでは効率が悪すぎる。さて、どうしたものかと考えるうちに、大昔(中学生時代)自転車でそこいらへんまで行った事があるのを思い出した。そうだ、自転車で行けば小回りもきく。
てなわけで、道に迷いながら片道十数キロをママチャリで走って彼岸花撮影スポット探しをしたのだった。

結局、その場所は見つけられなかったが、他のフォトジェニックな場所を発見し、大満足で帰路についた。そして、それ以上の収穫は、自転車で走り回る事の快感やら楽しさを数十年ぶりに思い出したことだった。それに、疲労感が実に心地よく、晩飯が妙に旨かった。


さてそれから自転車漬けの日々が始まる。
近年の僕の趣味は、電車+徒歩で石仏・野仏撮影に行くことだが、この一年間は体力の低下に、行動範囲の限界を感じていた。一日で数か所のスポットを巡るために、とにかく早めのスピードで歩き続けるのだが、今年はとにかく、しばしば足がつるようになってしまった。数か月前には、同時に左右のふくらはぎがつって、路上で亀の子をひっくり返したように転げまわり30分近くも動けなくなった。(この時は、ひっくり返ってチジこまって脚を抱えて悶絶している僕の周囲を、歩行者・自転車・車などが少なからず通って行ったが、誰一人、一切声をかけて来る者も、誰かが密かに救急車を呼んでくれるなどという事も無かったのには、少々驚かされた。まあ、救急車は呼ばれなくてよかったけれど・汗)
それに、少し暑い時期は、熱中症に陥りやすくなった。

これらが重なって、徒歩部分を自転車に替えてやれ、という目論見なわけだ。


電車+自転車=いわゆる「輪行」だ。
スピードを求めるわけではないので、折り畳みの自転車が良い。普通のデカいスポーツ車での輪行も検討したが、クイックリリースとはいえ車輪まで外してヒモで車体に括り付けて、おまけにエンド金具などというキワモノを装着して…などという手間を考えるとバカバカしくてヤル気が失せる。

で、入手したのは、折り畳み車でもスポーティーな機動ができるKHS F20Rだ。
これは素晴らしい自転車で、さっそく行った輪行でも、手間もかからずサクサク移動できる。でも、しだいに気づいたのは、一気に遠距離を走るのには向いていないという事だ。20インチ451のタイヤとブルホーンハンドルはけっこうスポーティーに走れるが、五十数キロほどの距離を走った時は、さすがにキツかった。色々調べてみると、20インチのミニベロで50kmの距離を走るのは、デカいロードバイクで80km以上を走るのと同等の労力であるという説もあった。
なるほど。
では、輪行や近所を走る時は20インチ折り畳みのKHS F20Rで良いとして、50km以上走る時は普通のデカいロードバイクに乗れば良いのだな、と思い至った。そういった距離を走る時は、輪行ではなく自転車で走る事自体が目的なのだから、純粋なスポーツバイクこそが向いている。


こうして、一か月ほどの間に、自転車を2台買うという暴挙に何の疑問も無く出たのであった。
こういうスポーツ車の場合、それに付随して様々なアイテムをそろえる必要がある。ライトだの工具だの修理キットだのメンテ用品だのヘルメットだのグラブだのウェアだの鍵だのバッグだのサイクルコンピュータだの…とにかく切りがない。
沼だ、計り知れないほどの広くて深い沼だ。
2台で共用できる物もあれば、それぞれ揃える必要がある物もあり、様々だ。
そんな物をアレコレ検索しながら調べたり買ったりしているうちに、あっという間に時間が経ってゆく。

躁的防衛だ…。

でも、自転車2台は、それぞれの役割を充分に果たして、心底から買って良かったと感じることができている。
ミニベロは輪行での野仏撮影の旅の友として。
ロードスポーツ車は、自転車に乗る事自体を楽しむ道具として。なにせ運動不足の体だ。こいつに乗ると、筋力という事以上に、心肺機能に対する働きかけという面で、良い身体刺激を受けられるという実感がある。
そして、自転車を取り巻く様々なアイテムも面白いし、行動範囲内で想定される風景景色・そしてカフェや食い物屋を探すという副産物まで発生して、楽しみが広がる。


乗りかた、乗車姿勢、重心の置き方・体重移動、姿勢・体幹の意識などなど身体機能などだけでなく、注意力やセルフコントロールなど心理面で留意すべき点・学ぶべき点が実に多い。
っていうか、ㇷと気づくと、それって「禅」に相通じる、共通する事が多いのに気づいた。
只管に行ずる。「ただただ(座ることに神経も身体も集中して)座る」ように、「ただただ(神経も身体も集中して)自転車に乗る」。おお…、まさに禅だ。
神経も身体も自転車で走ることに集中し、そして同時に、感覚は外界に対して開いており、風や気温や陽射しや虫の鳴き声を感じ、草いきれを感じ、潮風のしょっぱさを感じ、自転車と接触している手・足・尻に体重や路面の変化を感じる。

まあ、今はそんなふうに自転車にドップリなのだ。
ロードバイクなど、スポーツサイクルに乗るというと、ともすると速度を追い求めたり、距離を走る事を誇ったり、上り坂バカであることを自慢したりしがちだが、それはそれで良いとして、でも、他者との比較や競争や、他者に対する自己の優越を捏造して自我の安定を図ろうとする企てのためのアイテムとして自転車に乗るだけではもったいない気がする。
上記のような身体的・精神的な姿勢を通して、自分自身と、自身をとりまく環境とのバランスを得る契機として、自転車は有効であると感じるのだ。

還暦 - マリオ
2018/08/13 (Mon) 21:31:39
もうまもなく還暦を迎える。藤尾くんとは幼少時から親切にして頂いてキチンとお礼も言ったことがないが、改めて友人になってくれてありがとうございます。
Re: 還暦 - 藤尾
2018/08/14 (Tue) 22:14:45
とんでもない、こちらこそありがとうございます。
偏狭で独善的な自分にお付き合いいただき、うれしくありがたく思っております。


人間は、第二次性徴期を迎える前に一旦、ほぼ、その個人の人格の完成を見ると言われています。
日本人でいえば、小学校高学年から中学に入る頃がそれにあたるでしょう。(オラとマリオ氏が出会った頃です)
なぜ「一旦」かというと、そこまでは生得的な遺伝情報の発現の結果として、各個人の性格傾向が現れ、まあ、純粋な意味でのその人なりの有り様が出来上がる時期だからです。
しかし、その後の思春期においては、自我意識の発達を受けて、社会環境における自己の位置づけを加味しつつ、自己規定の構築を中心に、自我の再構築という心的作業が行われ、子供時代とは一線を画した自分が確立されてゆきます。

(でも、年齢を経て今に至ると、結局第二次性徴期前の自分はそのまま生き続け、今も自分自身の中に居るのを感じますし、他者をみても、そのように感じます)



こないだ電車に乗っていたら、隣にいた高校一年生くらいの男子連中が、
「俺は○○(女子の名前)とは、まだそんな本格的に付き合うとかできないな」
「へえ、なんで」
「いや、俺は付き合うとなれば結婚前提じゃないと、と思うから」
「え、そうかよ、良いなと思う子と楽しい時間を過ごす、とかいうだけでいいじゃん」
「や、そういうことではないと思う」
などと大真面目に会話しているのを聞いて、大いに懐かしいような気分になりました。
若いって素晴らしいですね、何か、おお、おまえら頑張れ、みたいな感じで涙出そうになりました。


話を戻して小学校終盤から中学のはじめ頃、僕は何か文章を書きたくて書きたくて仕方ありませんでした。当時、クラス内は6人ぐらいの班に分割されてHR.活動なんかをしていましたが、その班内連絡事項なんかを書く「班ノート」に、僕は無闇に長い文章で必要なこと、無用なことを書くので、学級担任の先生が驚いてというか心配して
「藤尾クンは、なにか、わだかまりでもあるのかい?」などと真顔で聞いてきて、かえってこっちが驚いたことがあります。ただ中身はともかく文章が書きたかっただけだったと思います。
この、とにかく書きたいという衝動が、TBSラジオの真理子産業株式会社に数十回も投稿して(内容がまるでないので)一度も採用されず、結局、「たくさん投稿ありがとう」ということで名誉社員(笑)とかいって便箋封筒セットをもらうという顛末になったのが、懐かしく思い出されますw

実際、当時、よし、小説を書いてやれ、と思い立って、ノートに向かって鉛筆を握ったものの、一行も書けないことに、自分自身で驚いた、ということがありました。

さて、それから数十年。馬齢を重ねて様々な情報やら経験なりを得て、何かが書けるようになったのか、というと、結局、あの「班ノート」と同じでしかない。先生から心配されるような無内容な文章が延々と羅列されるだけ。
まあ、これが自分というモノなんでしょう。この程度の素質、能力でしかないのだ、と。


僕にとっての写真もそうです。小6の時と中一の時、(まさに本項冒頭の説のとおり、第二次性徴期直前の頃、一応の人格の完成期に、というのが象徴的です)市主催の市民写真展で賞をとりましたが、今思うと実にレベルが低い。で、結局今も僕の写真は同じようなレベルです。

さて、でも今は、それで良いんだと思っています。
ダラダラと文章を書くのも、自己満足なだけの写真を撮り続けるのも、誰かからやれといわれたものではなく、自発的、内発的な欲求に基づいてやっているのであり、自分なりの探求を続けているからです。
(今後は、また絵を描き始めたい。立体塗り絵であるプラモデルを再開する計画は徐々に着手しつつある。飛行機、オートバイを中心に作ってゆく。戦記物を更に幅広く読みたい。太平洋戦争に至る経緯を左右幅広い見地から検証したい。禅を自分なりに深耕したい…)


さて、雇用継続を延長し続けたとしても、会社員生活は終わりが見えてきました。
逃げの姿勢にはならず、役割は最後までしっかりと勤め上げたいと思います。

今日はありがとう。
また書き込み、反応、よろしくお願いします。
ともすると独善に陥りがちなオラに、喝を入れてやってください。
Re: 還暦 - マリオ
2018/08/14 (Tue) 23:50:05
麻梨子産業(株)には沢山の投稿してましたね。駄案多く全部不採用で、、、封筒が勿体なくハトロン紙の事務用封筒で投函していましたね。
曰く、減ると色の変わるタイヤとか荒唐無稽なアイデアが多かった。でもある日、投稿数で準員に登用されたのを放送で聴き嬉しく思いました。
後日、同級生(だが、別の中学)の友人とアマ無で知り合い、所用あり書状頂いた処、同産業の社用箋に認められていて「あ、こいつは正社員なんだな?」と知りました。この彼はその数十年後、昭和の終わりにGr会社に居る処オハイオ州の出張先で再開しました。
麻梨子産業(株)のテーマ曲は、、何となく大瀧詠一が関わっていたかもしれませんね。
Re: 還暦 - 藤尾
2018/08/16 (Thu) 22:40:12
ああ…サイダーの曲(各種)が、グルグルと頭の中を回り続けるw

思えば、当時はラジオが隆盛を極めた時代であった。

野沢那智のパックインミュージックが一番好きだったが、聴取者の投稿がハイレベルで秀逸ぞろいで、オラの当時の文章レベルなんぞでは、とてもじゃないが投稿できなかった。ただ、イラストを画いた葉書が、同番組の投稿を集めた本に丸々1ページのデカさで掲載されたのは唯一の成果であったよ。

「あなたのレモン、落合恵子です(ハートマーク)」とか、川島なお美のセイヤングあたりは、彼女らのあまりの自意識過剰さに、当時でもゾクゾクと気恥ずかしくて、それでも聞かずにはいられない魅力を放っていたのは、まさに彼女らが若かりし頃からある種の魔女だったからであろう。

まあ、そういった大型番組だけでなく、15分、30分枠の小さな番組でも、当時は素晴らしい才能や、目を見張らされるような企画、地味だが吸い寄せられるように聞き入ってしまう番組が多かったように思う。
まあ、それは当時の時代の持つ雰囲気と、自分らが青年期であったことがシンクロして、それらの魅力に共鳴したからなのであろう。

まだインターネットなど存在せず、TVも家庭の居間にあるだけ、という環境も大きかったであろう。
まさに、隔世の感だ。

Re: 還暦 - マリオ
2018/09/16 (Sun) 16:52:06
大瀧詠一氏の筆による曲は「馬場こずえの深夜営業」でした。麻梨子産業はだれの曲だったかなぁ?
ネットで丹念に調べれば分かるかもしれないが個人のチカラで調べられない(かつどうでもいい事は)記憶の彼方で良いだろう。
こうして歴史の1ページに記録され記憶には止まらない沢山の史実も、それはそれで良かろう。
だって地球上には、未だに、遺骨も回収されない沢山の兵隊さんがいらっしゃるのだから、、
Re: 還暦 - 藤尾
2018/09/17 (Mon) 22:35:09
ばばば、馬場こずえ…、懐かしい。とにかく雰囲気の良い、頭の良い人だった。

     ※

さて、ところで、オラの長男に男子誕生で、これで文字通りオラもジジイになったのだ。
ヲタの子はヲタになるのだ。
オラもヲタだが、オラの嫁もヲタだ。で、当然オラの子もヲタだ。
オラの嫁は乗り鉄で撮り鉄だが、その薫陶を受けたというわけでもなく、ごく自然に子も乗り鉄になった。そして、子はヲタが高じて、今は電車の運転手だ。
オラは今はカメオタであるが、以前は(今も少し)ミリオタだ。で、子も知らぬうちにミリオタになっていた。
ミリオタと一言で言っても専門分野が多岐にわたるが、奴の主たる専門分野は(なぜか)海自だ。日本のあちこちの海自基地とかに、電車に乗って見学に行く。鉄オタとミリオタを一挙に楽しむ、一粒で二度おいしい、何と素晴らしいヲタライフ!

そして、こいつの子(オラの孫)の名前の候補は、まだ未定だが、日本海軍に関連する名前になりそうだという! どっひゃあ-!という感じ!
オラは親譲りの糞リベラルだが、日本防衛「軍」保持論者でもある。そんなオラでも、世代的な雰囲気・気分として、大日本帝国海軍に関連する(由来する)命名というのは、一瞬、のけ反るのだが、オラの子の世代的な雰囲気としては、特段違和感は無いようだ。
奴は、オラ世代の持つ(先の大戦に関する)妙なアレルギーが無い、ということなのかもしれない。これは、ある意味自然体で羨ましくもある。オラなんかの歴史観は、無意識のうちに極東国際軍事裁判(東京裁判)史観によるバイアスが掛けられているせいか、必要以上に旧軍に対する悪感情がわだかまっていたりする。


しかし、この旧軍に対する悪感情を分析すると、それは、昭和初期におけるリアリズムを欠いた軍部の独走や無責任体質であったり、内務班における暴力体質に対する嫌悪感であったり、特攻作戦やインパール作戦などを実行してしまう無謀さであることに思い至る。
旧軍は、身内目線や、場の空気に左右されて、客観性や大局観を欠いた判断に偏り、自滅するように敗戦までズルズルと被害を増やしてゆく。ほとんど絶望的なまでの、排他的ムラ社会でしかなかった旧軍。これらに対する悪感情であることに気づく。


軍隊自体は、決して「必要悪」などというネガティブな存在ではなく、国民こぞって大いに応援・称揚すべき組織であるはずなのに、オラの世代的な雰囲気としては、どうもそこら辺が歪んでいる。
でもそれは、東京裁判史観が原因というよりも、旧軍が内包していた上記のような問題点や、「他国(敵国)はけしからん、他国が何もかも悪い、他国(敵国)、断固撃つべし」、などとお調子に乗った、国民自身の馬鹿さ加減にこそ問題があったわけだ。軍隊という存在の問題ではなく、軍の暴走を可能にした旧憲法の曖昧さや、内向きで排他的すぎる国民の雰囲気こそが問題だったわけだ。
そこらへんの、軍と国民のアホさ加減こそが(当時の、いわゆる軍国時代に対する)、悪感情の原因なのだと気づく。


人間はアホですから、戦争が無くなることはない。国家間の戦争であれ、宗教や文化や経済などの問題に発するテロ・ゲリラ戦であれ、絶対に根絶されることは無いのだから、軍隊はどうあれ必要なのだ。
問題は、民族主義的な右翼思想や、その思想が陥りやすい排他性だ。自分たち(自国)は何も悪いことはしていない、悪いのは他者(他国)だ、と、なり易い。

他者の否定は、結局、自己の枯渇に通じるのに…。



軍隊は究極のムラ社会だ。しかも究極の実力組織だ。排他的ムラ的な右翼思想が軍隊と結びつくと…(亡国)。
タダでさえ自然状態の人間は自分勝手な存在だ。社会の雰囲気が、内向きなナショナリズムが強くなると、とたんに、国民全体の雰囲気として、大多数がその尻馬に乗って、極端な自国中心主義にこぞって走り出す…。
自国中心主義であることは決して異常ではないが(ある意味、当然のことであるが)、それに「排他性」がセットになると、途端に話は怪しくなってくる。

自分(自国)を尊重したいのであれば、同時に他者(他国)を尊重しなければならない。
でなければ、構造的に自分(自国)尊重は成立しない。


こんなふうに、延々と、グルグルと呻吟して、孫の名前の由来(海軍に関連する名前…!)を受容できるように苦労しなければならないオラの時代精神って、何て面倒くさいモノなんでしょう…(泣笑)



(写真 ↓)映画「タクシードライバー」で主人公が着用していたタンカースジャケット。現在(ミリオタでもあるオラは)安っすいプレーンなタンカースジャケットを入手して、ワッペン等を張り付けて、このジャケットのレプリカを自作中ですwww。「タクシードライバー」は、ベトナム戦から帰還し、心理的な居場所を喪失した主人公が苦悩する物語。まあ、戦争やって、いい事なんて、あんまし有りませんぜ、っていうことで、お後がよろしいようで…今日はこのくらいでwww)

乙女三十三観音 - 藤尾
2018/08/25 (Sat) 21:59:18
郡山から乗った磐越西線は、一面稲穂の揺れる田んぼの中を走ったかと思うと、山に分け入り木立の中を走って行く。ふたたび稲穂の中を延々と進み、無人駅をいくつか経ると、会津若松に着いた。そこからさらにディーゼル車二両編成の只見線に乗り換える。しばらく磐梯山を望む広大な田園が続いたが、ついに平野は尽き、入り組んだ小山の間に分け入ってゆく。小規模な棚田が次々と現れる。通学の女子高生たちが乗ってきて一斉に弁当を広げて食べ始める。無人駅、有人駅を経るたびに乗客は降りてゆき、会津西方駅で降りたのは僕一人だった。無人駅には駅舎すらない。数人入れる程度の待合小屋がポツリと建っているだけだ。

ディーゼルエンジンを吹かして走り去ってゆく列車を見送り、炎天下の道を歩き始める。山裾の狭隘な田んぼも尽き、道は山林の中を上って行く。道は緩く左右に曲がりながら登り続け、そのたびに陰になったり日に照らされたりするが、9割方は、強烈な陽射しを受けることになる。時折、車が走りすぎてゆく他、四方から蝉の鳴き声が響き続けるばかりだ。

数十分ほどで、ピタリと足が止まった。妙にだるい。これは、ダメだ。明らかに熱中症の症状だ。「少し休め」と、経験が警告を発している。
以前、常念岳から燕岳への縦走の山行でバテて動けなくなった時の感覚が思い出される。でもあの時はテントやら食料やらを詰め込んだ15kg以上のザックを背負って二千八百mクラスの山道だった。今は36度を超す蒸し暑さとは言えたかだか数十分歩いたにすぎない。肉体的負荷は百分の一も無いのではないか…?
しかし、あの時から肉体は十年分確実に老いた。しかもあの時は事前に充分なトレーニングを積んでいた。今は…。それに、今年の暑さは異常だ。
木陰で荷物を下ろして衣服をまくり上げ、熱を逃す。水を飲み、数十分間そうしていると、ようやく楽になった。行けそうだ。荷物を担いで歩き出す。

山道を更に行くと、廃校があり、登り坂は終わった。突如集落が現れる。炎天下、ほとんど人の姿はない。雑貨店の店先の自販機でアクエリアスを買い、首筋に当てて冷やしながら歩く。助かった。これでたどり着けると思う。
さらに細い道を行くと、ようやく西隆寺はあった。
門をくぐると、寺庭に「乙女三十三観音」はあった。
しかし、これを撮りに来たのに、とてもそんな余裕は無かった。本堂の階段にへたり込んで、そのまま動けなくなった。
本堂には誰も居ないが、開け放たれた堂内を吹き抜けてくる風が心地よい。草陰で虫が無数に鳴いている。時折、蝉の声が風に乗って聞こえてくる。とにかく動けない。水分をとろうと思っても、ほとんど飲めない。何度か意識が遠のきそうになると、風に乗って流れてくる線香の香りで目が覚める。向こうに寺の人間のものであろう車が駐車してある。住職に頼んで宿まで送ってもらおうか…と思うが、本堂には誰も現れない。建物の向こうから時折、何か片付けものでもしているような物音が聞こえてくるが、人影はない。訪れる者もない。
ただただそうして一時間半も経ったころ、ギュルギュルと腹が鳴って、スッと気分が良くなった。ああ、大丈夫だ、これで帰れる。
や、帰るんじゃあない、乙女三十三観音の写真を撮るんだ。



西隆寺の乙女三十三観音は、顔立ちや表情に重点を置いた造形で、独特な魅力がある。こういった味付けの石仏群は初めて見た。大まかに、丸顔のものと卵形に近いお顔のものがあるのは、姉妹の石工が彫った、それぞれの特徴が現れたものであろうか。
写真を撮っていると、本堂にTシャツ姿の住職があらわれ、本堂脇の鐘を突き鳴らし始めた。ゴーン…余韻をひいて、鐘の音は空を四方へ響いてゆく。夕刻を知らせる鐘だ。鐘に続いて、寺にほど近い町内放送の拡声器が、チャイムの音と伴に告げる。「5時になりました」。
気付くとすっかり日が傾き始めている。「こんにちわ」庭にいる僕に気づいた住職が笑顔で声をかけてくる。「お邪魔しています」さっきまで熱中症で動けなかったのが嘘のような元気な声が出て、自分で驚く。さらに、しばらく撮り続け、寺を後にした。

来たときは半ば意識が薄れていたのか、どの道を歩いてきたのか憶えていない。何度か道を間違え、やっと西方郵便局前に出て、帰る方向がわかった。集落には、日中、人通りは無かったが、日が傾いて気温も落ち着いたためか、老人や子供とすれ違う。みんな、「こんにちわ」と声を掛けてくる。秩父の巡礼古道と同じだ。
向こうから腰の曲がった老婆が手押し車に上半身を預けるような姿勢で歩いてくる。フと、僕から声を掛けようと思う。
「こんにちわ」
半ば下を向いて路面に目を落としていた彼女は顔を上げて僕を見た。
よく日に焼けたシワだらけの老婆の顔が、はにかんだようにパッと輝いた。まるで少女のような表情で僕に応える。
「こんにちわ」
声までも、なんだか若々しく聞こえたのは、気のせいだろうか。老婆が瞬間的に見せた笑顔は、さっきまで写真を撮っていた乙女三十三観音よりも強く深い印象を僕に残した。


観音の風光 - 藤尾
2018/08/28 (Tue) 21:53:10
「乙女三十三観音」は、西隆寺の住職、遠藤太禅が作ったのであるという。
太禅は徴兵されて長年戦地にあった。ビルマでの捕虜生活を経て帰国後、様々な体験・経験のうちに、身近に感じた観音の存在をもとに三十三観音を作った。(22歳と20歳という姉妹が彫ったので文字通り「乙女三十三観音」といった風情の石仏群になったのだろうか…)

観音は、通常、千手観音とか不空羂索観音とか言われるが、「乙女三十三観音」は、哀切観音とか恋慕観音とか秋風観音とかといった身近な名前が付けられている。それらは、太禅自身が季節の中に感じた観音や、自身の湧き起こる煩悩のなかに感じた観音の存在から名付けられている。全て体験を通した観音さんたちなのだ。

人は生きている限り深い煩悩や、人間の持つ嫌な面を生きなければならない。しかし同時に、その裏側、自分自身の中に、浄い、美しい観音と同じようなものがある。誰の中にも、ある。普段はそれに気付くことは、なかなか無い。
でも、自身の中にある観音さんは(或いは私のすぐわきにいる観音さんは、風の中に居る観音さんは)、なかなかその存在に気づいてもらえない哀しみで、ほとんど泣き出しそうに、慟哭寸前の微笑みを湛えながら私たちのそばに居て、導こうとしていてくださる…。

人は煩悩を逃れる事はできないし、過ちも多い。しかし、そこから這いだそうとするときに、観音を呼ぶのだ。観音は、(我々の悪事や煩悩によって発生した)泥にまみれて、そこから白い蓮の花を咲かせようとする。我々が観音を拝む前に、観音さんは、我々を拝んでいてくれる。「あなたの中に光るものがある、それに早く気づいて…」と。「あなたは私(観音)を拝んだり、私(観音)に何かを願ったりするけれど、実はあなた自身の中に在る光るもの、あなた自身の中の観音が、あなたの悩みや苦しみを解決してくれますよ」と。

これは、理論や言葉での理解の問題ではなく、情緒的な問題なのだ、と。煩悩を粗末にするのではなく、煩悩を肥料として、生命の糧にしたい。表裏の関係として、煩悩の裏には微笑みや、美しい道がある。観音はそれに気付かせてくれる。観音の姿は美しく清らかで尊いが、それは鏡であり、(我々が拝む観音は)私たち自分自身の中に、そんな観音がいるのだと気づかせてくれる鏡であるのだ…と。
自分自身の中にある観音は、自分で親しい名前を付けてお呼びすれば良い(これが、乙女三十三観音の、せせらぎ観音、恋慕観音などの様々な身近な名前の由来だ)



いかがだろうか…。
これは、NHKの「ころの時代」という番組での西隆寺住職、遠藤太禅のインタビューを基にまとめてみた内容だ。

仏教は創造神や絶対神を設定しない特異な「宗教」だ。空感と縁起という世界観を内省によって自身のものにする課程を基本構成とする。これが「宗教」なのか?(「仏陀、ゴータマシッタルタが悟った」という事実を信じることが仏教の最低限の前提であるため、「仏教」には様々なバリエーションが存在するが…)
仏教を除く「宗教」の多くは、神の存在など、絶対の嘘を信じることを前提としている。そんな意味で、現代人の多くは(もちろん僕も)宗教など信じられない。
しかし、この、遠藤太禅の語る「観音さん」の存在というか、概念は、信じるというのではないけれど、少なくとも「情緒的に」深く頷かずにはいられない。胸に迫るものを感じずにいられない。


本当は、今年の夏も例年通り、京都・奈良へ行く予定だったのだが、台風の影響で、急遽違う行き先を探していて、たまたま見つけた「乙女三十三観音」という名前に惹かれて行っただけだった。
しかし実際に訪れ、由来などを調べるうちに、単に観音像の美しさにとどまらず、背景の物語や想いを知り、仏教の有り難みに改めて触れた思いがする。

奥会津、只見川上流という山奥に、こんなにも素晴らしい観音さんと物語があったとは。福島は「仏都」といわれるほど仏教関連の建築や仏像が豊富に遺る。それらも含め、是非再訪したい。


人は皆、それぞれの、様々な地獄を生きている。或いは、人は様々なとらわれの中を生きている。
しかし、その裏面には観音さんがいて、各人の地獄やとらわれに気づいて、そこから這い出すように手を差し伸べていてくださる。
自分だけでなく、他者もまた、それぞれの地獄やとらわれを生きている最中なのだ。そんな理解を得ると、自身も、他者も、様々な世界・事情を生きており、ぞんざいには出来ない、尊い存在であると感じないわけにはいかない。
Re: 乙女三十三観音 - 藤尾
2018/09/10 (Mon) 23:12:38
脱同一化みたいな感じでしょうか。「感情が自分なのではない」みたいに。
例えば、「意識」とは注意の中心であるとして、意識さえも自分そのものではない、ということもいえる…。でも、「その意識さえ自分自身でない」と思う主体は何なのか?脱同一化する主体とは?


自尊心を傷つけられるなどして、自我が傷つけられると、怒りの感情に支配される。何が感情に支配されるのか?自我意識がか?
でも、自我も意識も相対的なモノでしかないのではないか?
確かに自我は、生得的な受容反応パターンが発生する主体であると思えるが、それを絶対的な存在と見るか、関係性の網の目に浮かび上がった相対的な存在でしかないと観るかは、難しいところだ。視点の持ち方によって、どちらとも言えそうだ。

しかし、意識は自我の状態を(ある程度)客観的に俯瞰することができる。それによって、自我が、例えば感情に支配されている状況であると気づいて、感情と自我を分離した視点を持つ事によって、感情に支配された状態から脱することが可能になる。

これは面白いというか興味深い状態・現象だ。「その主体とは何であるか」などということを追求するよりも、この視点自体を深耕してゆきたい。
それは、情緒的に過ぎるかもしれないが、自身の状態を自分で(ある程度)コントロール可能になる、という可能性に向けた道が開けそうだ。

     ※

本項の、観音さんの存在に気づく、とは、上記のような心的メカニズムを宗教的・仏教的な観点から実践した方法なのであろう。これを方便とも言うのであろうか。

遠藤太禅の著作「観音の風光」は、乙女三十三観音にまつわる様々な想いを綴ったエッセイ集だが、実に自由で伸びやかな観音論・実践的で融通無碍な仏教説話のようなものでもある。
(乙女三十三観音の前に立てられている木札に書かれている、和讃みたいな詩のような文章の背景などを綴った、どれも胸を撃たれるエピソードだ)
思えば、無数に存在する仏教経典は、それぞれの時代背景や地域の社会的な特性・要請を盛り込んだアプリケーションのようなものであり、OSであるところの仏教思想を理解するためのいわば方便でもあろう。幅広い仏教的な世界観や、種々の如来だの菩薩だのといった登場人物(?)も、時代や地域によって姿や役割が異なるのは当然であろう。

そんな視点から見て、乙女三十三観音=「遠藤太禅ふうの観音さん」の風景は、(博物館に鎮座する観音さんではなく)今生きている日本人にはリアルタイムで受容しうる、いわば「生きた」観音さんと言っていいであろう。
なにも、観音さんの存在を信じよう、というのではない。観音さんという視点を借定して、自身を内省してみよう、ということだ。(まさに、主観的には、観音さんに手助けしてもらおう、ということだ)

これは何も観音である必要は無い。場合によっては、各人の好みや状況など、内的要請によって、お不動さんでも地蔵でも、愛染明王でも何でもいいだろう。
自分自身の理想自我を映したもの、と思っても間違えではないであろう。
自我の奥に潜む欲望、自己の奥から湧き起る情動。それに目を向け、気づき、その存在を無批判の肯定的態度を持って、自分自身の物として受容する、という事が目指されるであろう。

乙女三十三観音と、それにまつわる遠藤太禅のお話しは、そういったところなのであろうと、今時点の僕は解釈している。



しかし、言葉での理解だけで終わりになってしまっては、「なるほど、いいお話しでした」で終わって、何にも身につかない。知識、教養として仏教・観音を知っただけ、だろう。
情動でそれを受け止めるか(好きになるか)、体験的に、身をもってその(例えば「観音の」心理力動的な影響・作用の)有り難さを感じるか、が無ければ「ふう~ん」で終わりだろう。

この件は本項とは離れるので深く言及しないが、そんな、「惹きつけられる」気分を持てなければ、「観音の効力」は発生しないかもしれない。まさに、信じる者は救われる、といったところか。
盲目的に「信仰」する必要はないが、内的要請に基づく、自身と観音の何らかのシンクロ・共振が無ければ、単なるお話しに終わるだろう。
これは、宗教的なモノの難しさやキワドサ、怪しさに通じる部分でもあり、取り扱い要注意ではあるのだが。(オカルティックな「魔術的思考」に陥ってしまうことが最も危険だ。もちろん、パワースポットとかスピリチュアルなどといった超いい加減な話とは、絶対に無縁であるべきだ)
自分自身を、何かに懸けるように、投げ出すように或いは逃避するように「信仰」してしまうのも危険に満ちているし、かといって冷笑して忌避するだけでは、人間理解のための、ある一面を放棄することになるだろう。そう、情緒の問題といった程度の付き合い方が、ほどほどでちょうどいいかもしれない。

そんな様々な意味も込めて、「乙女三十三観音」と遠藤太禅の「観音の風光」は、味わい深く、滋味あふれる存在であると感じる。