過剰な何か

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自転車(その4 クラリスの「味わい深さ」) - 藤尾
2018/11/17 (Sat) 23:01:33
さて、クラリスです。シマノの「クラリス」が付いたロードバイク(スポーツ自転車ね)を買った、という話の続きです。

シマノのコンポーネントは7段階の「グレード」があるが、クラリスは6番目、下から2番目だ。(でも7番目のターニーはちょっと性質が異なるので、クラリスは実質、最下級のコンポーネントと言って差し支えないでしょう)
上位機種になるほど、変速段数が多かったり、変速がスタッと確実に決まるらしいです。


僕のミニベロは、クラリスより1段階グレードの高い5番目のソラですが、クラリスの8段に対して9段であるという他、変速もカシャッと小気味よく決まります。
それに対してクラリスの変速動作は、何というか、実にノンビリしています。
リアは、まあ普通に、カシャンと決まります。(でもソラより気持ちシャープさに欠けます)

クラリスの特異さを最も感じさせられる部分、特徴的な所は、フロントの変速機の動作感覚です。
これがまた、なんていうか、「ズル、ガシャガシャガラッ…、ガッシャン!」という感じです。
「あ、変速でっか。へい。それっ、よいしょッと…、あ、もう少しだ、ガッシャン!ふー!お待たせさん、できましたぜ、旦那」
っていう感じで、何とも「味わい深い」です。一生懸命やってますぜ、っていう感じで、
「あームリ言ってすいませんでした、ご苦労さんです」
と、思わずねぎらいの声をかけずにいられない


左指でSTIレバー(変速レバー)の操作をする感覚も独特です。右手でリアの変速を変える時はクリックする感じですが、左手・フロントギアの変速操作は、レバーを長押しする感じです。それも、ガラガラズルズルとなかなか決まらない変速を、背中を後押しして助けてあげるような感じにレバーを押し込み続けてあげる必要がある。
「それっ、もう少しで外側のギアにチェーンが上がりますよ!そら、少し巻き付いた!もう一息でっせ、それっ!よいしょっ」
という感じで背中を押してあげる感じでレバーを押しこみ続ける。
いやー、のんびりと機械との対話をしながら操作している感じがして、なかなかノドカでいいもんです。

これが、クラリスの良い所でしょう。じつにノンビリしていて、のどかで味わい深いです。
え? 何バカを言ってるんだって?
はい、競技志向の人や、ハードな乗りかたを追求しようとしている人にとっては、瞬時に確実に決まる変速が絶対的に必要でしょう。そんな人から見たら、クラリスは100%選択の対象外でしょう。

でも、僕みたいにノンビリと風景を楽しみながら少々遠くまで走る、という事だけが目的の場合、クラリスはライダーを急かす事もなく、乗り手にゆったりと付き合ってくれます。
こんなクラリスに、何か不足でもあるでしょうか?




コンポーネントの持つ性質、自転車のジオメトリーの持つ性格は様々です。メーカーも、本来は使用者の様々な必要に合わせて様々な製品を用意しているわけです。乗り手の目的しだいで選べばよい、という事です。
でも、ともすると「グレード」という言葉がヒエラルキー、カーストといったようなとらえ方にネジ曲がって、「ランク付け・優劣付け」という事に矮小化されてしまう…。バカな話です。
そんなつまらない一面的な見方でスポーツサイクルを観る目は捨てたい。
メーカーもショップもメディアも、利益を上げるためには少々消費者を煽る事も必要なのかもしれないけれど、まあ、ほどほどに…という感じでしょうか。



クラリス礼賛みたいな話になりましたが、人それぞれっていうだけの事です。
「クラリスが付いてる自転車なんて買って、バカな事をした。せめて105が付いてる自転車に乗り換えなくちゃ」と後悔している方。自分自身が自転車に乗る目的とか理由とかを再確認した上でどうぞ、っていう話でした。

自転車(その3 クラリス) - 藤尾
2018/11/16 (Fri) 23:21:23
商品紹介、レビュー記事等で、「エントリー向け」とか「初心者向け」などいう言葉を使っている文章に出くわしたら、その書き手の記事は8割がたは眉唾ものであると思った方が良いだろう。
メーカーの販売戦略のお先棒を担いでいる提灯記事であったり、自分はこんな知識があるんだぜ、オレ様は違いが分かる男なんだぜ、と粋がっている小僧のいい加減な殴り書きでしかない場合がほとんどだ。

明確な目的を持っていて、それには何が必要か・どんな道具が必要かというのが、消費者が本来持つべき態度姿勢であるが、それ(目的)が明確でない場合、上記のような商品レビューに惑わされがちだ。
また、当初は本人の目的相応の物を買おうとしていても、「その程度の物しか持っていないようでは他人からバカにされる」という見栄が働いて、本来の目的に沿った物以上の、不必要に高度な仕様の商品に手を出すというのも、よくある事だ。


自動車に関しては、そういった商品のヒエラルキーは今でも存在するものの、消費者意識が成熟して、使用目的に沿った商品選びというものが昔に比べると随分と一般化したように感じる。
僕の専門分野のカメラ・レンズの世界でも同様に撮影目的や、主要な被写体によって、適切な商品を選ぶということが普通になってきたが、それでもいまだにプロが使っているとかプロ仕様という言葉に弱いユーザーが多い。そんな性能は必要なわけでもないのに、少しでも高度な仕様のカメラ、レンズを欲しがる。高価で高性能なカメラ・レンズと、自分自身のセルフイメージを重ね合わせて、他者に対する自己の優越を捏造して、自我の安定を図ろうとする企て、というわけだ。
「夢だ」「ロマンだ」という言葉の欺瞞には気を付けたいものだ。



さて、以前触れたとおり、最近スポーツサイクル(自転車)の世界に足を踏み入れたのだが、自転車を買うに当たっては、冒頭のように商品紹介、レビューの内容に振り回されないように注意をはらった。
ロードバイク愛好家の世界は、カメラの世界以上に(製品の仕様によって)強固なヒエラルキーが厳然と幅をきかせているのを目の当たりにして、驚愕すると同時にいささか呆れる思いがした。「初心者・入門者でも、コンポーネントはシマノの105以上のものを選ばなければ後悔する」、などとまことしやかに煽りまくる。
確かに競技志向の者や、極めてハードな乗り方を追求しようとする者に対しては、そんなアドバイスは妥当なのかもしれない。「上」を目指して鍛え上げてゆけば、マシンもより高度な仕様の物が必要になる。上位機能の機種にコンポーネントを組み替えてゆく事まで見据えれば、初めからあるレベル以上の物を選んでおく必要がある。でも(これは直観だが)、厳しく見ればそんな者はスポーツサイクルに乗る者の2パーセントほど、どんなに甘く見ても2割以下だろう。
多くの者にとって自転車は、競技や他者との競争が目的なのではなく、サイクリング自体を楽しんだり、旅の一形態としての手段であったり、健康維持のための手段として…などが目的であったはずだ。しかし、スポーツ自転車に関する情報を集めていると、部品のグレードの事ばかりで、スポーツサイクルに乗る者は、より高度な仕様の車体・部品を追い求めなければならない、という雰囲気に、いつの間にか飲み込まれてしまう。雑誌、webでメーカーやショップが「少しでも良い物を買わなければ後悔するぞ」と消費者に刷り込みを行い、不自然なまでの上昇志向に誘導してゆく。
これは、どんな世界にでもある事ではあるのだけれど、自転車界のソレは、あまりにも露骨だ。まあ、その反動で純粋なロードバイクは処々に衰退基調で、クロスバイクだのグラベルロードだのの新商品が各メーカーから出始めている。でもそれとてメーカー主導でありすぎると、その中でまた妙なランク付けが始まり…、という構図が再現されるのだろうけれど。



で、僕が選んだ自転車は、初心者向けとされるクラリスで構成された製品だ。作動は少々モッサリしているが、練れた、枯れた技術・パーツ構成で製造された、危なげの無い、必要充分な機能・性能の製品だ。
予算はこの自転車が3台以上買えるほどあったが、あえてコレを選んだ。なんせ、僕が今回自転車を買う目的は、運動不足の解消と、少なくとも(平坦な場所を)一日60km以上走ること、でしかない。ミニベロKHS F20では一日50kmほどがいいところだが、それ以上の距離を走れるものを、というのが目的だ。それだけだ。クラリスが妥当であろう。

(写真 ↓ これはロードバイクの方ではなく、もう一台のミニベロの方。コンポーネントはSORA。こいつでけっこうハードに走るが、SORAで必要十分www)
自転車(その2。年寄の冷や水www) - 藤尾
2018/11/12 (Mon) 23:43:14
これまでこの板では、自分自身にとって大切な趣味やこだわり、自己肯定的なセルフイメージ、他者に誇るべき自己規定などを総称して、「自我を支えるアイテム」と呼んできた。
現代人は、ともすると「自我を支えるアイテム」に過依存しがちであり、過剰な自我防衛に通じるという意味で、どちらかというと排除すべき悪習といったイメージを持って語ってきた。
しかしヒトが生きてゆく上で、精神的に必要な、自分自身を構成するアイテム、自分自身を支えるアイテムの一つ、という役割を担う物であると考えれば、あながち悪いものというわけでもないと、最近は思うようになった。
ヒトは、そんなに強いものでは無いし、完全無欠ではない。ヒトは常に、どんな場面でも模範的であり続けることは、できない。ヒトは表裏があるのが当然だし、陰日向があるのが自然な姿だ。
そんな柔軟な視点から肯定的なイメージを込めて、「自我を支えるアイテム」という概念を、「自我を支える補助具」と言い直しても良いだろう。

     ※

老人には、何かと「補助具」が必要だ。老眼鏡とか、入れ歯とか、白髪染めとか杖とか…
年寄りには、更に「自我を支える補助具」も必要だ。

年寄りは、ともすると気付かぬうちに様々な「精神的な補助具」にすがって、自我の安定の補強を図っている。自尊心を支える何らかの「補助具」を必要としている。
例えば、自身の過去になし得た実績とか(過去の栄光とか)、自身のかつてのカイシャ内における地位や役職とか、自身の生きた世代の輝かしさとか、自分の(かつて)属した組織の偉大さとか、はたまた自国の素晴らしさとか…。

社会にも家庭にも居場所を喪失した年寄は、細りがちな自己規定・セルフイメージを、それらによって補強し、自我を支えるアイテム、もとい、自我を支える補助具として、それらに頑なにしがみ付こうとする…。
まあ、しかし、それは悪い事と一蹴するのは酷だろう。現代日本の年寄の置かれた立場を考えれば無理からぬことと了解せねば、年寄の立つ瀬がない。かつての農村社会における年寄と、現代社会における年寄とでは、あらゆる意味で置かれた状況が異なるのだ。
昔は「長年の経験を経て、知恵を持つ長老」としての年寄であったかもしれぬが、今や年寄は…。



そして、年寄りは「自転車」にも補助具が必要だ。ロードバイクは、スポーツサイクルとしての存在理由と価値を標榜するために、ライダーに様々な無理を強いる。ロードバイクには驚かされる事が多すぎる。
・市街地走行において、あんな前傾姿勢を強いられるのはいかがなものか?ハッキリ言ってあの姿勢は、市街地の公道では自殺行為・殺人未遂的な暴挙だ。
・ドロップハンドルのブラケットのブレーキの力の入れにくさといったら、アレは欠陥商品なみだ。下ハンならまだしもだが、下ハンにぎってずっと市街地を走れるワケがない。
・軽量化とか、フレームの強度の問題とかいって、スタンドを付けないのが当然、というのが当然視されているが、アレは極度な自意識過剰でしかないだろう。店舗だろうが他人様の家だろうが神社仏閣だろうが、どこでもかまわず自転車を立てかけるなど狂気の沙汰だ。特別な乗り物に乗っている特別な行為だから許されるとでも思っているのだろうか?
・あの細いタイヤは何事だ?確かによく走る。でも荒れた路面や溝とか路肩のフタとかやたらと気を遣わなければならないし、乗り心地も最低だ。
・あの石のようなサドルは何だ?拷問か?
どれもこれも、早く走るための工夫を追求したがための結果としての装備なのだろうが、みんな少なからず、やせ我慢をしながら(或は嬉々として)平気な顔を装って乗っているのだろう。
好きなやつは、そんな拷問器具のようなシロモノに喜んで乗るがいい。
これらは、まさに自我を支えるアイテム、もとい、自我を支える補助具というワケだろう。先鋭的でマニアックなロードバイクに乗っている自分、という自己規定に依存する者ほど、ロードバイクは過激で世間離れしたものでることが貴いと感じるであろう。(冒頭で述べたとおり、それは必ずしも悪い事でも恥ずかしい事でもない。世間様に迷惑をあまりかけない限りにおいては)

でも、オレ様は、ロードバイクに乗る自分、という自己規定・セルフイメージには、特段、重きを置かないので、心肺・筋肉・神経に良い刺激を与えてくれる、かつ、楽しい移動のできる乗り物でさえあれば、見栄えなんか悪くても、楽な方が嬉しいのだ。
オレ様はイヤだ。いくらスポーツサイクルだからと言っても、我慢なんか極力したくない。だから、アップライトな乗車姿勢で、補助ブレーキレバーが付いていて、太目のタイヤで、スタンドが付いた自転車に乗るのだ。ジジイは我慢なんかしないで、自分の本当の気持ちに正直に、乗りやすいモノに乗るのだ。スポーツ車だからといって、市街地・公道を走るのに理不尽な装備の自転車になんか乗らないのだ!!!(純粋なロードバイクが衰退気味で、クロスバイクやグラベルロード車が流行するというのは、大いに頷ける流れだ。まあ、これは、カメラ業界で言えば一眼レフが衰退し、ミラーレス機が伸びてゆくという流れと酷似している)



ましてや五十のいや六十の手習いとして、年寄りの冷や水的に乗り始めた中高年初心者ライダーには「補助具」が必要だ。
高めのハンドル位置によってもたらされるアップライト気意味の乗車姿勢とか。そして、何と言っても「補助ブレーキレバー」は涙が出るほどありがたい。

当初はビアンキにしようと思っていたのだ。なんてったって、あの空色・チェレステカラーが素敵じゃん!でも、小娘でもあるまいに、いい歳こいたジジイが、爽やかなチェレステ色でもあるまい…。と思うと、ビアンキ熱はバケツで水を掛けられたように一気に萎み…。
その他、乗り心地と走破性を考えて、タイヤ太めのクロスロード車を中心に色々迷いまして。トレックとかジオスとかセンチュリオンとかフェルトとか。で最後はFujiの「砂利」にしようと決めて現金握りしめて店に行って聞くと「納車は3か月後です」という。へー、そういうものかと思って店内をみているとGIANTのAnyroadに「補助ブレーキレバー」が付いているのを発見した。しかもドロップハンドルバーの、どの位置を握っていても指が届くという驚異のブレーキレバーだ。
ああ、年寄の初心者が、フラフラとのんびり走ろうと考えているジジイに必要なのは、この万能補助ブレーキレバーだ!

それまで、ジャイアントの自転車は、毎日あまりにも多く見かけすぎるので、選択の対象外だったのだが、そんなつまらない見栄は、「万能補助ブレーキレバー」と、アップライト気味で楽そうなポジションを目の当たりにして、一気に吹き飛んでしまった。
で、ビアンキでもトレックでもなく、ジャイアントの、比較的楽な姿勢でどこでも走れる自転車を買ったのだったwww

自転車 - 藤尾
2018/11/09 (Fri) 23:56:53
やあ、お久しぶり。
あ、マリオ氏、荷物届きました。ありがとうございます。すげえ面白そうだ。ゆっくり観させていただきます。


さて、ところで、ここの所、更新に間があったのは、ドップリ自転車の世界にはまっていたからなのだ。
切っ掛けは彼岸花の季節にさかのぼる。彼岸花の撮影ポイントをネットで探していたら、川越方面で、田んぼの中に立つ数基の石仏を囲んで、見事に彼岸花が咲く場所があるのだという情報を得た。同様の情報を数人が発信しているが、詳細な場所は誰も明かしていない。わずかに、川島町のホンダエアポート近辺で、上尾から川越に抜ける旧道沿いであることだけが判った。

これだけの情報では、車で行ったのでは、それらしい場所で何処かに駐車して、歩き回って探し、また車で移動して降りて歩き回り、となって小回りが利かなすぎる。かといって、捜索範囲が広いために、得意の電車+徒歩+バスでは効率が悪すぎる。さて、どうしたものかと考えるうちに、大昔(中学生時代)自転車でそこいらへんまで行った事があるのを思い出した。そうだ、自転車で行けば小回りもきく。
てなわけで、道に迷いながら片道十数キロをママチャリで走って彼岸花撮影スポット探しをしたのだった。

結局、その場所は見つけられなかったが、他のフォトジェニックな場所を発見し、大満足で帰路についた。そして、それ以上の収穫は、自転車で走り回る事の快感やら楽しさを数十年ぶりに思い出したことだった。それに、疲労感が実に心地よく、晩飯が妙に旨かった。


さてそれから自転車漬けの日々が始まる。
近年の僕の趣味は、電車+徒歩で石仏・野仏撮影に行くことだが、この一年間は体力の低下に、行動範囲の限界を感じていた。一日で数か所のスポットを巡るために、とにかく早めのスピードで歩き続けるのだが、今年はとにかく、しばしば足がつるようになってしまった。数か月前には、同時に左右のふくらはぎがつって、路上で亀の子をひっくり返したように転げまわり30分近くも動けなくなった。(この時は、ひっくり返ってチジこまって脚を抱えて悶絶している僕の周囲を、歩行者・自転車・車などが少なからず通って行ったが、誰一人、一切声をかけて来る者も、誰かが密かに救急車を呼んでくれるなどという事も無かったのには、少々驚かされた。まあ、救急車は呼ばれなくてよかったけれど・汗)
それに、少し暑い時期は、熱中症に陥りやすくなった。

これらが重なって、徒歩部分を自転車に替えてやれ、という目論見なわけだ。


電車+自転車=いわゆる「輪行」だ。
スピードを求めるわけではないので、折り畳みの自転車が良い。普通のデカいスポーツ車での輪行も検討したが、クイックリリースとはいえ車輪まで外してヒモで車体に括り付けて、おまけにエンド金具などというキワモノを装着して…などという手間を考えるとバカバカしくてヤル気が失せる。

で、入手したのは、折り畳み車でもスポーティーな機動ができるKHS F20Rだ。
これは素晴らしい自転車で、さっそく行った輪行でも、手間もかからずサクサク移動できる。でも、しだいに気づいたのは、一気に遠距離を走るのには向いていないという事だ。20インチ451のタイヤとブルホーンハンドルはけっこうスポーティーに走れるが、五十数キロほどの距離を走った時は、さすがにキツかった。色々調べてみると、20インチのミニベロで50kmの距離を走るのは、デカいロードバイクで80km以上を走るのと同等の労力であるという説もあった。
なるほど。
では、輪行や近所を走る時は20インチ折り畳みのKHS F20Rで良いとして、50km以上走る時は普通のデカいロードバイクに乗れば良いのだな、と思い至った。そういった距離を走る時は、輪行ではなく自転車で走る事自体が目的なのだから、純粋なスポーツバイクこそが向いている。


こうして、一か月ほどの間に、自転車を2台買うという暴挙に何の疑問も無く出たのであった。
こういうスポーツ車の場合、それに付随して様々なアイテムをそろえる必要がある。ライトだの工具だの修理キットだのメンテ用品だのヘルメットだのグラブだのウェアだの鍵だのバッグだのサイクルコンピュータだの…とにかく切りがない。
沼だ、計り知れないほどの広くて深い沼だ。
2台で共用できる物もあれば、それぞれ揃える必要がある物もあり、様々だ。
そんな物をアレコレ検索しながら調べたり買ったりしているうちに、あっという間に時間が経ってゆく。

躁的防衛だ…。

でも、自転車2台は、それぞれの役割を充分に果たして、心底から買って良かったと感じることができている。
ミニベロは輪行での野仏撮影の旅の友として。
ロードスポーツ車は、自転車に乗る事自体を楽しむ道具として。なにせ運動不足の体だ。こいつに乗ると、筋力という事以上に、心肺機能に対する働きかけという面で、良い身体刺激を受けられるという実感がある。
そして、自転車を取り巻く様々なアイテムも面白いし、行動範囲内で想定される風景景色・そしてカフェや食い物屋を探すという副産物まで発生して、楽しみが広がる。


乗りかた、乗車姿勢、重心の置き方・体重移動、姿勢・体幹の意識などなど身体機能などだけでなく、注意力やセルフコントロールなど心理面で留意すべき点・学ぶべき点が実に多い。
っていうか、ㇷと気づくと、それって「禅」に相通じる、共通する事が多いのに気づいた。
只管に行ずる。「ただただ(座ることに神経も身体も集中して)座る」ように、「ただただ(神経も身体も集中して)自転車に乗る」。おお…、まさに禅だ。
神経も身体も自転車で走ることに集中し、そして同時に、感覚は外界に対して開いており、風や気温や陽射しや虫の鳴き声を感じ、草いきれを感じ、潮風のしょっぱさを感じ、自転車と接触している手・足・尻に体重や路面の変化を感じる。

まあ、今はそんなふうに自転車にドップリなのだ。
ロードバイクなど、スポーツサイクルに乗るというと、ともすると速度を追い求めたり、距離を走る事を誇ったり、上り坂バカであることを自慢したりしがちだが、それはそれで良いとして、でも、他者との比較や競争や、他者に対する自己の優越を捏造して自我の安定を図ろうとする企てのためのアイテムとして自転車に乗るだけではもったいない気がする。
上記のような身体的・精神的な姿勢を通して、自分自身と、自身をとりまく環境とのバランスを得る契機として、自転車は有効であると感じるのだ。

還暦 - マリオ
2018/08/13 (Mon) 21:31:39
もうまもなく還暦を迎える。藤尾くんとは幼少時から親切にして頂いてキチンとお礼も言ったことがないが、改めて友人になってくれてありがとうございます。
Re: 還暦 - 藤尾
2018/08/14 (Tue) 22:14:45
とんでもない、こちらこそありがとうございます。
偏狭で独善的な自分にお付き合いいただき、うれしくありがたく思っております。


人間は、第二次性徴期を迎える前に一旦、ほぼ、その個人の人格の完成を見ると言われています。
日本人でいえば、小学校高学年から中学に入る頃がそれにあたるでしょう。(オラとマリオ氏が出会った頃です)
なぜ「一旦」かというと、そこまでは生得的な遺伝情報の発現の結果として、各個人の性格傾向が現れ、まあ、純粋な意味でのその人なりの有り様が出来上がる時期だからです。
しかし、その後の思春期においては、自我意識の発達を受けて、社会環境における自己の位置づけを加味しつつ、自己規定の構築を中心に、自我の再構築という心的作業が行われ、子供時代とは一線を画した自分が確立されてゆきます。

(でも、年齢を経て今に至ると、結局第二次性徴期前の自分はそのまま生き続け、今も自分自身の中に居るのを感じますし、他者をみても、そのように感じます)



こないだ電車に乗っていたら、隣にいた高校一年生くらいの男子連中が、
「俺は○○(女子の名前)とは、まだそんな本格的に付き合うとかできないな」
「へえ、なんで」
「いや、俺は付き合うとなれば結婚前提じゃないと、と思うから」
「え、そうかよ、良いなと思う子と楽しい時間を過ごす、とかいうだけでいいじゃん」
「や、そういうことではないと思う」
などと大真面目に会話しているのを聞いて、大いに懐かしいような気分になりました。
若いって素晴らしいですね、何か、おお、おまえら頑張れ、みたいな感じで涙出そうになりました。


話を戻して小学校終盤から中学のはじめ頃、僕は何か文章を書きたくて書きたくて仕方ありませんでした。当時、クラス内は6人ぐらいの班に分割されてHR.活動なんかをしていましたが、その班内連絡事項なんかを書く「班ノート」に、僕は無闇に長い文章で必要なこと、無用なことを書くので、学級担任の先生が驚いてというか心配して
「藤尾クンは、なにか、わだかまりでもあるのかい?」などと真顔で聞いてきて、かえってこっちが驚いたことがあります。ただ中身はともかく文章が書きたかっただけだったと思います。
この、とにかく書きたいという衝動が、TBSラジオの真理子産業株式会社に数十回も投稿して(内容がまるでないので)一度も採用されず、結局、「たくさん投稿ありがとう」ということで名誉社員(笑)とかいって便箋封筒セットをもらうという顛末になったのが、懐かしく思い出されますw

実際、当時、よし、小説を書いてやれ、と思い立って、ノートに向かって鉛筆を握ったものの、一行も書けないことに、自分自身で驚いた、ということがありました。

さて、それから数十年。馬齢を重ねて様々な情報やら経験なりを得て、何かが書けるようになったのか、というと、結局、あの「班ノート」と同じでしかない。先生から心配されるような無内容な文章が延々と羅列されるだけ。
まあ、これが自分というモノなんでしょう。この程度の素質、能力でしかないのだ、と。


僕にとっての写真もそうです。小6の時と中一の時、(まさに本項冒頭の説のとおり、第二次性徴期直前の頃、一応の人格の完成期に、というのが象徴的です)市主催の市民写真展で賞をとりましたが、今思うと実にレベルが低い。で、結局今も僕の写真は同じようなレベルです。

さて、でも今は、それで良いんだと思っています。
ダラダラと文章を書くのも、自己満足なだけの写真を撮り続けるのも、誰かからやれといわれたものではなく、自発的、内発的な欲求に基づいてやっているのであり、自分なりの探求を続けているからです。
(今後は、また絵を描き始めたい。立体塗り絵であるプラモデルを再開する計画は徐々に着手しつつある。飛行機、オートバイを中心に作ってゆく。戦記物を更に幅広く読みたい。太平洋戦争に至る経緯を左右幅広い見地から検証したい。禅を自分なりに深耕したい…)


さて、雇用継続を延長し続けたとしても、会社員生活は終わりが見えてきました。
逃げの姿勢にはならず、役割は最後までしっかりと勤め上げたいと思います。

今日はありがとう。
また書き込み、反応、よろしくお願いします。
ともすると独善に陥りがちなオラに、喝を入れてやってください。
Re: 還暦 - マリオ
2018/08/14 (Tue) 23:50:05
麻梨子産業(株)には沢山の投稿してましたね。駄案多く全部不採用で、、、封筒が勿体なくハトロン紙の事務用封筒で投函していましたね。
曰く、減ると色の変わるタイヤとか荒唐無稽なアイデアが多かった。でもある日、投稿数で準員に登用されたのを放送で聴き嬉しく思いました。
後日、同級生(だが、別の中学)の友人とアマ無で知り合い、所用あり書状頂いた処、同産業の社用箋に認められていて「あ、こいつは正社員なんだな?」と知りました。この彼はその数十年後、昭和の終わりにGr会社に居る処オハイオ州の出張先で再開しました。
麻梨子産業(株)のテーマ曲は、、何となく大瀧詠一が関わっていたかもしれませんね。
Re: 還暦 - 藤尾
2018/08/16 (Thu) 22:40:12
ああ…サイダーの曲(各種)が、グルグルと頭の中を回り続けるw

思えば、当時はラジオが隆盛を極めた時代であった。

野沢那智のパックインミュージックが一番好きだったが、聴取者の投稿がハイレベルで秀逸ぞろいで、オラの当時の文章レベルなんぞでは、とてもじゃないが投稿できなかった。ただ、イラストを画いた葉書が、同番組の投稿を集めた本に丸々1ページのデカさで掲載されたのは唯一の成果であったよ。

「あなたのレモン、落合恵子です(ハートマーク)」とか、川島なお美のセイヤングあたりは、彼女らのあまりの自意識過剰さに、当時でもゾクゾクと気恥ずかしくて、それでも聞かずにはいられない魅力を放っていたのは、まさに彼女らが若かりし頃からある種の魔女だったからであろう。

まあ、そういった大型番組だけでなく、15分、30分枠の小さな番組でも、当時は素晴らしい才能や、目を見張らされるような企画、地味だが吸い寄せられるように聞き入ってしまう番組が多かったように思う。
まあ、それは当時の時代の持つ雰囲気と、自分らが青年期であったことがシンクロして、それらの魅力に共鳴したからなのであろう。

まだインターネットなど存在せず、TVも家庭の居間にあるだけ、という環境も大きかったであろう。
まさに、隔世の感だ。

Re: 還暦 - マリオ
2018/09/16 (Sun) 16:52:06
大瀧詠一氏の筆による曲は「馬場こずえの深夜営業」でした。麻梨子産業はだれの曲だったかなぁ?
ネットで丹念に調べれば分かるかもしれないが個人のチカラで調べられない(かつどうでもいい事は)記憶の彼方で良いだろう。
こうして歴史の1ページに記録され記憶には止まらない沢山の史実も、それはそれで良かろう。
だって地球上には、未だに、遺骨も回収されない沢山の兵隊さんがいらっしゃるのだから、、
Re: 還暦 - 藤尾
2018/09/17 (Mon) 22:35:09
ばばば、馬場こずえ…、懐かしい。とにかく雰囲気の良い、頭の良い人だった。

     ※

さて、ところで、オラの長男に男子誕生で、これで文字通りオラもジジイになったのだ。
ヲタの子はヲタになるのだ。
オラもヲタだが、オラの嫁もヲタだ。で、当然オラの子もヲタだ。
オラの嫁は乗り鉄で撮り鉄だが、その薫陶を受けたというわけでもなく、ごく自然に子も乗り鉄になった。そして、子はヲタが高じて、今は電車の運転手だ。
オラは今はカメオタであるが、以前は(今も少し)ミリオタだ。で、子も知らぬうちにミリオタになっていた。
ミリオタと一言で言っても専門分野が多岐にわたるが、奴の主たる専門分野は(なぜか)海自だ。日本のあちこちの海自基地とかに、電車に乗って見学に行く。鉄オタとミリオタを一挙に楽しむ、一粒で二度おいしい、何と素晴らしいヲタライフ!

そして、こいつの子(オラの孫)の名前の候補は、まだ未定だが、日本海軍に関連する名前になりそうだという! どっひゃあ-!という感じ!
オラは親譲りの糞リベラルだが、日本防衛「軍」保持論者でもある。そんなオラでも、世代的な雰囲気・気分として、大日本帝国海軍に関連する(由来する)命名というのは、一瞬、のけ反るのだが、オラの子の世代的な雰囲気としては、特段違和感は無いようだ。
奴は、オラ世代の持つ(先の大戦に関する)妙なアレルギーが無い、ということなのかもしれない。これは、ある意味自然体で羨ましくもある。オラなんかの歴史観は、無意識のうちに極東国際軍事裁判(東京裁判)史観によるバイアスが掛けられているせいか、必要以上に旧軍に対する悪感情がわだかまっていたりする。


しかし、この旧軍に対する悪感情を分析すると、それは、昭和初期におけるリアリズムを欠いた軍部の独走や無責任体質であったり、内務班における暴力体質に対する嫌悪感であったり、特攻作戦やインパール作戦などを実行してしまう無謀さであることに思い至る。
旧軍は、身内目線や、場の空気に左右されて、客観性や大局観を欠いた判断に偏り、自滅するように敗戦までズルズルと被害を増やしてゆく。ほとんど絶望的なまでの、排他的ムラ社会でしかなかった旧軍。これらに対する悪感情であることに気づく。


軍隊自体は、決して「必要悪」などというネガティブな存在ではなく、国民こぞって大いに応援・称揚すべき組織であるはずなのに、オラの世代的な雰囲気としては、どうもそこら辺が歪んでいる。
でもそれは、東京裁判史観が原因というよりも、旧軍が内包していた上記のような問題点や、「他国(敵国)はけしからん、他国が何もかも悪い、他国(敵国)、断固撃つべし」、などとお調子に乗った、国民自身の馬鹿さ加減にこそ問題があったわけだ。軍隊という存在の問題ではなく、軍の暴走を可能にした旧憲法の曖昧さや、内向きで排他的すぎる国民の雰囲気こそが問題だったわけだ。
そこらへんの、軍と国民のアホさ加減こそが(当時の、いわゆる軍国時代に対する)、悪感情の原因なのだと気づく。


人間はアホですから、戦争が無くなることはない。国家間の戦争であれ、宗教や文化や経済などの問題に発するテロ・ゲリラ戦であれ、絶対に根絶されることは無いのだから、軍隊はどうあれ必要なのだ。
問題は、民族主義的な右翼思想や、その思想が陥りやすい排他性だ。自分たち(自国)は何も悪いことはしていない、悪いのは他者(他国)だ、と、なり易い。

他者の否定は、結局、自己の枯渇に通じるのに…。



軍隊は究極のムラ社会だ。しかも究極の実力組織だ。排他的ムラ的な右翼思想が軍隊と結びつくと…(亡国)。
タダでさえ自然状態の人間は自分勝手な存在だ。社会の雰囲気が、内向きなナショナリズムが強くなると、とたんに、国民全体の雰囲気として、大多数がその尻馬に乗って、極端な自国中心主義にこぞって走り出す…。
自国中心主義であることは決して異常ではないが(ある意味、当然のことであるが)、それに「排他性」がセットになると、途端に話は怪しくなってくる。

自分(自国)を尊重したいのであれば、同時に他者(他国)を尊重しなければならない。
でなければ、構造的に自分(自国)尊重は成立しない。


こんなふうに、延々と、グルグルと呻吟して、孫の名前の由来(海軍に関連する名前…!)を受容できるように苦労しなければならないオラの時代精神って、何て面倒くさいモノなんでしょう…(泣笑)



(写真 ↓)映画「タクシードライバー」で主人公が着用していたタンカースジャケット。現在(ミリオタでもあるオラは)安っすいプレーンなタンカースジャケットを入手して、ワッペン等を張り付けて、このジャケットのレプリカを自作中ですwww。「タクシードライバー」は、ベトナム戦から帰還し、心理的な居場所を喪失した主人公が苦悩する物語。まあ、戦争やって、いい事なんて、あんまし有りませんぜ、っていうことで、お後がよろしいようで…今日はこのくらいでwww)

乙女三十三観音 - 藤尾
2018/08/25 (Sat) 21:59:18
郡山から乗った磐越西線は、一面稲穂の揺れる田んぼの中を走ったかと思うと、山に分け入り木立の中を走って行く。ふたたび稲穂の中を延々と進み、無人駅をいくつか経ると、会津若松に着いた。そこからさらにディーゼル車二両編成の只見線に乗り換える。しばらく磐梯山を望む広大な田園が続いたが、ついに平野は尽き、入り組んだ小山の間に分け入ってゆく。小規模な棚田が次々と現れる。通学の女子高生たちが乗ってきて一斉に弁当を広げて食べ始める。無人駅、有人駅を経るたびに乗客は降りてゆき、会津西方駅で降りたのは僕一人だった。無人駅には駅舎すらない。数人入れる程度の待合小屋がポツリと建っているだけだ。

ディーゼルエンジンを吹かして走り去ってゆく列車を見送り、炎天下の道を歩き始める。山裾の狭隘な田んぼも尽き、道は山林の中を上って行く。道は緩く左右に曲がりながら登り続け、そのたびに陰になったり日に照らされたりするが、9割方は、強烈な陽射しを受けることになる。時折、車が走りすぎてゆく他、四方から蝉の鳴き声が響き続けるばかりだ。

数十分ほどで、ピタリと足が止まった。妙にだるい。これは、ダメだ。明らかに熱中症の症状だ。「少し休め」と、経験が警告を発している。
以前、常念岳から燕岳への縦走の山行でバテて動けなくなった時の感覚が思い出される。でもあの時はテントやら食料やらを詰め込んだ15kg以上のザックを背負って二千八百mクラスの山道だった。今は36度を超す蒸し暑さとは言えたかだか数十分歩いたにすぎない。肉体的負荷は百分の一も無いのではないか…?
しかし、あの時から肉体は十年分確実に老いた。しかもあの時は事前に充分なトレーニングを積んでいた。今は…。それに、今年の暑さは異常だ。
木陰で荷物を下ろして衣服をまくり上げ、熱を逃す。水を飲み、数十分間そうしていると、ようやく楽になった。行けそうだ。荷物を担いで歩き出す。

山道を更に行くと、廃校があり、登り坂は終わった。突如集落が現れる。炎天下、ほとんど人の姿はない。雑貨店の店先の自販機でアクエリアスを買い、首筋に当てて冷やしながら歩く。助かった。これでたどり着けると思う。
さらに細い道を行くと、ようやく西隆寺はあった。
門をくぐると、寺庭に「乙女三十三観音」はあった。
しかし、これを撮りに来たのに、とてもそんな余裕は無かった。本堂の階段にへたり込んで、そのまま動けなくなった。
本堂には誰も居ないが、開け放たれた堂内を吹き抜けてくる風が心地よい。草陰で虫が無数に鳴いている。時折、蝉の声が風に乗って聞こえてくる。とにかく動けない。水分をとろうと思っても、ほとんど飲めない。何度か意識が遠のきそうになると、風に乗って流れてくる線香の香りで目が覚める。向こうに寺の人間のものであろう車が駐車してある。住職に頼んで宿まで送ってもらおうか…と思うが、本堂には誰も現れない。建物の向こうから時折、何か片付けものでもしているような物音が聞こえてくるが、人影はない。訪れる者もない。
ただただそうして一時間半も経ったころ、ギュルギュルと腹が鳴って、スッと気分が良くなった。ああ、大丈夫だ、これで帰れる。
や、帰るんじゃあない、乙女三十三観音の写真を撮るんだ。



西隆寺の乙女三十三観音は、顔立ちや表情に重点を置いた造形で、独特な魅力がある。こういった味付けの石仏群は初めて見た。大まかに、丸顔のものと卵形に近いお顔のものがあるのは、姉妹の石工が彫った、それぞれの特徴が現れたものであろうか。
写真を撮っていると、本堂にTシャツ姿の住職があらわれ、本堂脇の鐘を突き鳴らし始めた。ゴーン…余韻をひいて、鐘の音は空を四方へ響いてゆく。夕刻を知らせる鐘だ。鐘に続いて、寺にほど近い町内放送の拡声器が、チャイムの音と伴に告げる。「5時になりました」。
気付くとすっかり日が傾き始めている。「こんにちわ」庭にいる僕に気づいた住職が笑顔で声をかけてくる。「お邪魔しています」さっきまで熱中症で動けなかったのが嘘のような元気な声が出て、自分で驚く。さらに、しばらく撮り続け、寺を後にした。

来たときは半ば意識が薄れていたのか、どの道を歩いてきたのか憶えていない。何度か道を間違え、やっと西方郵便局前に出て、帰る方向がわかった。集落には、日中、人通りは無かったが、日が傾いて気温も落ち着いたためか、老人や子供とすれ違う。みんな、「こんにちわ」と声を掛けてくる。秩父の巡礼古道と同じだ。
向こうから腰の曲がった老婆が手押し車に上半身を預けるような姿勢で歩いてくる。フと、僕から声を掛けようと思う。
「こんにちわ」
半ば下を向いて路面に目を落としていた彼女は顔を上げて僕を見た。
よく日に焼けたシワだらけの老婆の顔が、はにかんだようにパッと輝いた。まるで少女のような表情で僕に応える。
「こんにちわ」
声までも、なんだか若々しく聞こえたのは、気のせいだろうか。老婆が瞬間的に見せた笑顔は、さっきまで写真を撮っていた乙女三十三観音よりも強く深い印象を僕に残した。


観音の風光 - 藤尾
2018/08/28 (Tue) 21:53:10
「乙女三十三観音」は、西隆寺の住職、遠藤太禅が作ったのであるという。
太禅は徴兵されて長年戦地にあった。ビルマでの捕虜生活を経て帰国後、様々な体験・経験のうちに、身近に感じた観音の存在をもとに三十三観音を作った。(22歳と20歳という姉妹が彫ったので文字通り「乙女三十三観音」といった風情の石仏群になったのだろうか…)

観音は、通常、千手観音とか不空羂索観音とか言われるが、「乙女三十三観音」は、哀切観音とか恋慕観音とか秋風観音とかといった身近な名前が付けられている。それらは、太禅自身が季節の中に感じた観音や、自身の湧き起こる煩悩のなかに感じた観音の存在から名付けられている。全て体験を通した観音さんたちなのだ。

人は生きている限り深い煩悩や、人間の持つ嫌な面を生きなければならない。しかし同時に、その裏側、自分自身の中に、浄い、美しい観音と同じようなものがある。誰の中にも、ある。普段はそれに気付くことは、なかなか無い。
でも、自身の中にある観音さんは(或いは私のすぐわきにいる観音さんは、風の中に居る観音さんは)、なかなかその存在に気づいてもらえない哀しみで、ほとんど泣き出しそうに、慟哭寸前の微笑みを湛えながら私たちのそばに居て、導こうとしていてくださる…。

人は煩悩を逃れる事はできないし、過ちも多い。しかし、そこから這いだそうとするときに、観音を呼ぶのだ。観音は、(我々の悪事や煩悩によって発生した)泥にまみれて、そこから白い蓮の花を咲かせようとする。我々が観音を拝む前に、観音さんは、我々を拝んでいてくれる。「あなたの中に光るものがある、それに早く気づいて…」と。「あなたは私(観音)を拝んだり、私(観音)に何かを願ったりするけれど、実はあなた自身の中に在る光るもの、あなた自身の中の観音が、あなたの悩みや苦しみを解決してくれますよ」と。

これは、理論や言葉での理解の問題ではなく、情緒的な問題なのだ、と。煩悩を粗末にするのではなく、煩悩を肥料として、生命の糧にしたい。表裏の関係として、煩悩の裏には微笑みや、美しい道がある。観音はそれに気付かせてくれる。観音の姿は美しく清らかで尊いが、それは鏡であり、(我々が拝む観音は)私たち自分自身の中に、そんな観音がいるのだと気づかせてくれる鏡であるのだ…と。
自分自身の中にある観音は、自分で親しい名前を付けてお呼びすれば良い(これが、乙女三十三観音の、せせらぎ観音、恋慕観音などの様々な身近な名前の由来だ)



いかがだろうか…。
これは、NHKの「ころの時代」という番組での西隆寺住職、遠藤太禅のインタビューを基にまとめてみた内容だ。

仏教は創造神や絶対神を設定しない特異な「宗教」だ。空感と縁起という世界観を内省によって自身のものにする課程を基本構成とする。これが「宗教」なのか?(「仏陀、ゴータマシッタルタが悟った」という事実を信じることが仏教の最低限の前提であるため、「仏教」には様々なバリエーションが存在するが…)
仏教を除く「宗教」の多くは、神の存在など、絶対の嘘を信じることを前提としている。そんな意味で、現代人の多くは(もちろん僕も)宗教など信じられない。
しかし、この、遠藤太禅の語る「観音さん」の存在というか、概念は、信じるというのではないけれど、少なくとも「情緒的に」深く頷かずにはいられない。胸に迫るものを感じずにいられない。


本当は、今年の夏も例年通り、京都・奈良へ行く予定だったのだが、台風の影響で、急遽違う行き先を探していて、たまたま見つけた「乙女三十三観音」という名前に惹かれて行っただけだった。
しかし実際に訪れ、由来などを調べるうちに、単に観音像の美しさにとどまらず、背景の物語や想いを知り、仏教の有り難みに改めて触れた思いがする。

奥会津、只見川上流という山奥に、こんなにも素晴らしい観音さんと物語があったとは。福島は「仏都」といわれるほど仏教関連の建築や仏像が豊富に遺る。それらも含め、是非再訪したい。


人は皆、それぞれの、様々な地獄を生きている。或いは、人は様々なとらわれの中を生きている。
しかし、その裏面には観音さんがいて、各人の地獄やとらわれに気づいて、そこから這い出すように手を差し伸べていてくださる。
自分だけでなく、他者もまた、それぞれの地獄やとらわれを生きている最中なのだ。そんな理解を得ると、自身も、他者も、様々な世界・事情を生きており、ぞんざいには出来ない、尊い存在であると感じないわけにはいかない。
Re: 乙女三十三観音 - 藤尾
2018/09/10 (Mon) 23:12:38
脱同一化みたいな感じでしょうか。「感情が自分なのではない」みたいに。
例えば、「意識」とは注意の中心であるとして、意識さえも自分そのものではない、ということもいえる…。でも、「その意識さえ自分自身でない」と思う主体は何なのか?脱同一化する主体とは?


自尊心を傷つけられるなどして、自我が傷つけられると、怒りの感情に支配される。何が感情に支配されるのか?自我意識がか?
でも、自我も意識も相対的なモノでしかないのではないか?
確かに自我は、生得的な受容反応パターンが発生する主体であると思えるが、それを絶対的な存在と見るか、関係性の網の目に浮かび上がった相対的な存在でしかないと観るかは、難しいところだ。視点の持ち方によって、どちらとも言えそうだ。

しかし、意識は自我の状態を(ある程度)客観的に俯瞰することができる。それによって、自我が、例えば感情に支配されている状況であると気づいて、感情と自我を分離した視点を持つ事によって、感情に支配された状態から脱することが可能になる。

これは面白いというか興味深い状態・現象だ。「その主体とは何であるか」などということを追求するよりも、この視点自体を深耕してゆきたい。
それは、情緒的に過ぎるかもしれないが、自身の状態を自分で(ある程度)コントロール可能になる、という可能性に向けた道が開けそうだ。

     ※

本項の、観音さんの存在に気づく、とは、上記のような心的メカニズムを宗教的・仏教的な観点から実践した方法なのであろう。これを方便とも言うのであろうか。

遠藤太禅の著作「観音の風光」は、乙女三十三観音にまつわる様々な想いを綴ったエッセイ集だが、実に自由で伸びやかな観音論・実践的で融通無碍な仏教説話のようなものでもある。
(乙女三十三観音の前に立てられている木札に書かれている、和讃みたいな詩のような文章の背景などを綴った、どれも胸を撃たれるエピソードだ)
思えば、無数に存在する仏教経典は、それぞれの時代背景や地域の社会的な特性・要請を盛り込んだアプリケーションのようなものであり、OSであるところの仏教思想を理解するためのいわば方便でもあろう。幅広い仏教的な世界観や、種々の如来だの菩薩だのといった登場人物(?)も、時代や地域によって姿や役割が異なるのは当然であろう。

そんな視点から見て、乙女三十三観音=「遠藤太禅ふうの観音さん」の風景は、(博物館に鎮座する観音さんではなく)今生きている日本人にはリアルタイムで受容しうる、いわば「生きた」観音さんと言っていいであろう。
なにも、観音さんの存在を信じよう、というのではない。観音さんという視点を借定して、自身を内省してみよう、ということだ。(まさに、主観的には、観音さんに手助けしてもらおう、ということだ)

これは何も観音である必要は無い。場合によっては、各人の好みや状況など、内的要請によって、お不動さんでも地蔵でも、愛染明王でも何でもいいだろう。
自分自身の理想自我を映したもの、と思っても間違えではないであろう。
自我の奥に潜む欲望、自己の奥から湧き起る情動。それに目を向け、気づき、その存在を無批判の肯定的態度を持って、自分自身の物として受容する、という事が目指されるであろう。

乙女三十三観音と、それにまつわる遠藤太禅のお話しは、そういったところなのであろうと、今時点の僕は解釈している。



しかし、言葉での理解だけで終わりになってしまっては、「なるほど、いいお話しでした」で終わって、何にも身につかない。知識、教養として仏教・観音を知っただけ、だろう。
情動でそれを受け止めるか(好きになるか)、体験的に、身をもってその(例えば「観音の」心理力動的な影響・作用の)有り難さを感じるか、が無ければ「ふう~ん」で終わりだろう。

この件は本項とは離れるので深く言及しないが、そんな、「惹きつけられる」気分を持てなければ、「観音の効力」は発生しないかもしれない。まさに、信じる者は救われる、といったところか。
盲目的に「信仰」する必要はないが、内的要請に基づく、自身と観音の何らかのシンクロ・共振が無ければ、単なるお話しに終わるだろう。
これは、宗教的なモノの難しさやキワドサ、怪しさに通じる部分でもあり、取り扱い要注意ではあるのだが。(オカルティックな「魔術的思考」に陥ってしまうことが最も危険だ。もちろん、パワースポットとかスピリチュアルなどといった超いい加減な話とは、絶対に無縁であるべきだ)
自分自身を、何かに懸けるように、投げ出すように或いは逃避するように「信仰」してしまうのも危険に満ちているし、かといって冷笑して忌避するだけでは、人間理解のための、ある一面を放棄することになるだろう。そう、情緒の問題といった程度の付き合い方が、ほどほどでちょうどいいかもしれない。

そんな様々な意味も込めて、「乙女三十三観音」と遠藤太禅の「観音の風光」は、味わい深く、滋味あふれる存在であると感じる。
自己規定、さまざま - 藤尾
2018/08/03 (Fri) 23:04:34
マリオ様、DVDありがとうございます。
観ました。面白い。
さすが、スゲエなあ、と正直思いました。職務の専門に関連して、或いは専門外の事に関して、多芸多才な方々を擁する企業だけあって、様々な奥行きのある、いろんな人がいるもんだなあ、と。
しかし、四十数分間という尺の短さゆえか、機種選定とかレストアとかの部分が、端折りにハショッたという感じで、実にもったいないw。そこらへんこそ、じっくり見たい個所なのに、という感じ。「エルロンは触らないでね、翼には乗らないでね」などという個所は不要なのに…。
しかし、改めて思うに、恐らく、このDVDは、仲間とオーストラリアに行って実機で飛行しました、という事の思い出の総まとめ、が制作目的なのであろう。そう思うと時間配分が納得できる気がする。(協賛:サイクルロードI…!)


それにしても世界は広い。ほとんど新造のYak-9って、どーゆー事よ! ソ連つうかロシア恐るべし。
程度の良いアリソンエンジン? ま、確かに米国や英国にはWW2やWW1の飛行機を実働させている組織とか飛行隊とかがあって、エアショーで稼働させていたりするわけだが、それを思うと我が国は敗戦国とはいえ、様々な意味での層の薄さを思わずにはいられない。
この彼我の差は、どこらへんに由来するんでしょうか…?




話をもどして、このO氏はスゲエなあ、と。O氏もレシプロ戦闘機のプラモを多数作っている。オラも飛行機のプラモは多数作っている。でもO氏はそれに飽き足らず実機を入手して実際に飛行してしまう。 思い入れの差なのか? 情熱の差なのか? 物事に対する基本的な姿勢の差なのか? 執着心の差なのか? 突っ込んで探求するという姿勢の差なのか? 人間としての力量の差なのか? 環境の差なのか? 
まあ、その全てなのだろう。

同時に、その興味が、どんな方向に向かうのか、という違いでもあるだろう。
自己規定という事に関する、執着の強さ、という違いもあるであろう。自己顕示の方向や強さの違いも、大いにあるだろう。
このあたりまで考えると、O氏が超優勢、オラは超劣勢という「比較」の視点が薄れてきて、スッと気が楽になる(笑)
もっと言うと、O氏の「業の深さ」が(他人事ながら)少々気になる。まあ、こういった濃い人がいるから技術は発達し、企業は発展し、人類の進歩がもたらされるのだろうけれど、本人なりに苦労も多く、実りも大きいが、ご苦労も多いのだろうな、などといらぬ心配をしてみたりして、(O氏を貶めて)オラの自尊心が傷つくのを防衛してみたりする(笑)
さらに、「オラは、そこまでやりたいとは思わないなあ」などと防御に向かう(大笑)


さて、小さな頭と、小さく狭い能力と、ケチな心理で、小さくまとまったオラなわけですが、かといって自身を卑下する気は全然ありませんw
自分なりに、自身の内奥に良く迫り、人間理解という面ではよくやったと、そこそこの満足を得ています。
ユングの言う自己実現とは、自分自身の、よく発達できていない個所に光を当ててバランスの取れた人格の発達を目指す、というものでした。
これは難しい。でも、それに気づき、意識化することができたというだけでも、大いに誇ってよい成果でしょう。誰に誇るかって?もちろん、自分自身に、です。それは、決して「完成」やゴールのない自分自身の目標だからです。

ハアハア…(汗)。やっとここまで思って、O氏に対する劣等感が完全に払拭できました(爆笑)
まったく、人間っていうのは仕方のない大ばか者です。まあ、こういった競争心とか優越に対する執着とかといった心理があるからこそ人類は発展し、生き延びてきたんでしょうけれども、ヒトの心理とは、まったく厄介なものですwww




さて、そこから敷衍して、ですが、人間は、老齢に伴う死に向かってどんな態度姿勢で臨むべきか、という事を思わずにはいられません。

一時、お墓に「夢」とか彫ったり、自身の好きだった物を刻んだりするのが流行りました。当時は特に違和感は覚えませんでしたが、今思うと、あんな事をやっているうちは成仏できないんじゃあないかなどと余計なおせっかいを思ったりします。ソレは、自己規定の自己確認みたいな作業だったわけで、精神安定上のなにかしらの効果はあったのかもしれませんが、自分の事など、わずか数世代で完全に忘れ去られる事を思うと、随分とバカげた執着でしかありません。完全に消え去る・忘れ去られる事を恐怖する心理もあったでしょう。でも、つまらない自己満足などと言っては、叱られるかもしれませんが、超高齢化社会を経て多死社会を迎える今後を思うと、益々無駄な事だと感じずにはいられません。

かといって、現代の伝統仏教などの「教団」に救いや解決を求め得るか、というとソレは絶望的なほどに何も望めないでしょう。(新興宗教教団も伝統仏教教団も、現代においては99.5%、「集金システム」でしかありません)
そもそも本来の仏教思想は、空感と縁起を中心とした思考体系であり、それを自分自身の頭で噛み砕いて自分自身で納得してゆくしかない、という極めてハードルの高い厳しいものだ。
その補助手段・方便として(仏教理解のためのツールとして)、「菩薩」とか「念仏」といった補助線があるのだが、それにしても、自身の内省を求められる。
そう、仏教的思考とは、仏教理解とは、内省、自身の心理の内奥への沈潜が必須なのだ。
こういう機会って、現代の日常生活や、現代の学校教育の中に、ガッポリ欠落しているものだ。(小学校で正式科目になる「道徳」で、古臭い家族観や、根拠不明で夜郎自大な国家観を押し付けている場合じゃあありませんぜ。石頭の自民党の皆さま。)

じゃあオラ自身が、何らかの納得や悟りに近いモノを得たのか、というと、え~っと、まあ、ほど遠いわけです。いっとき、ああ、これかあ、掴めたのかなと感じる時はあっても、それはあっという間に胡散霧消してしまいます。
そりゃあそうです。ヒトの自我は、内外の刺激に対して反応し続け、その度に自身の生得的な受容・反応パターンが起動して、自我・「私」が発動するのだから。でも、それを少しでも軌道修正するために、仏教的見地は間違えなく有効だ。



まあ、オラの現時点の到達点は、こんなところです。
コレと、冒頭のO氏の到達点を比較するのは、全く無意味であることは、言うまでもありません。
でも、「ふふん、O氏、ご苦労様です。でもそれは空しい事だよ」と鼻で笑っている自分がどこかにいる、というのも、隠しようのない事実です(爆笑)
ホント、人間って(っていうかオラって)、どうしようもない大馬鹿者ですwww
スケールのでかい、オラなんぞとは別世界の住人であるO氏に向かってこんな事を想うなど、まさに井の中の蛙ですwww。そんなの(彼我の差のあまりの大きさなんて)判り切ったことなのに、それでも、自己防衛のためにそんなふうに思う自分って、自我構造って、「わたくし」という存在って、底抜けに自分中心で、オメデタイほどに大馬鹿ですwww
それでも!その自分自身のバカさ加減をも抱きしめて、自分自身のバカさ加減を味わって、それもこれも自分自身であると真正面から受け止めながら生きてゆくしかありません。まあ、これがバカ者の人生というものです。

バカは死ななきゃ治らないと申します。
いえいえ、バカは死んでも治らない、が正しいです。
でも、それに(自分のバカに)気づいて、少しでもそれを矯正しようとしながら生涯を過ごすのが、「仏弟子」としての自己規定をひそかに持つ自分自身の「修行」なのだと思っています。ユングの言うとおり、円満な人格の完成など、なかなかありえない。そこに完全に到達することなど、まず不可能だ。それでも、それは目指すべき旗なわけです。
ちょっと力み過ぎました。でも、本当のところです。

Re: 自己規定、さまざま - マリオ
2018/08/04 (Sat) 00:04:33
まず、O氏はHonda OBです。エンジンやのりものが大好き、血液にはオイルが流れ、神経には燃料噴射のマップが行き交っている。そんなひとです。
風影氏の憧憬や感涙や落胆や自己愛の表現を面白く拝読、、たしかに特にアメリカには国内での戦争と地震がほぼない国なので、旧いものを捨てない文化があり、それはあらゆる文化に根を張って居ます。OHVの星形エンジンってのは妙に人間臭い音がする。排気量がでかすぎるのでセルモーターも一旦慣性始動機(はずみ車)に蓄積してコンタクトーって、、多分乾式クラッチなんだろう、、
クラウドファウンディングで零戦の図面から一品もので数機、今の技術で製造してみたいね。
P51マスタングなんかはこれに近いことをしているらしいが、、、、
Re: 自己規定、さまざま - 藤尾
2018/08/05 (Sun) 22:16:09
さて、この話には続きがあります。

人間的なスケールの違うO氏の活躍を目の当たりにして、嫉妬に燃え狂い、傷つけられた自己愛を修復するために心的防衛機制をフル活動させたオラでした…、というのが前回でした。
しかしオラは仏弟子の端くれですから、翌日にはこう考えます。


感情・情動が爆発するのって、仕方がないんですよね。ヒトの心理の構造からして。
例えば、昨今は、なにかと「怒り」を目の敵にして、怒りを抑えるようにとか、怒りが表出しないようにとかという本がブームですが、いかがなものでしょうか?
内外の刺激に反応して怒りの感情が発動されるのは仕方のないことです。
問題は、それに気づいてアフターフォローすることですな。感情に引きずられないってゆーことです。


ミヒャエル・エンデの「モモ」は読みましたか?
しばしば、少年向けの本として、時間泥棒から、ぬすまれた時間をとりもどす、少女モモの物語、などと解説されていますが、この本は、実際は大人向けの本です。
そして、この物語は「禅仏教」の知見に基づいて書かれている。

物語の中盤で、モモは、時間をつかさどるマイスター・ホラの国へ行き、「時間のミナモト」の部屋を観ます。高い天井から降りている振り子が振れると、見たことのない美しい花が咲きます。しかし、振り子が反対側へ振れてゆき離れていくと、美しい花は散ってしまいます。振り子が反対側へ振れると、その近くでまた、これまた見たことのない更に美しい花が咲きます。しかし同様に振り子が離れてゆくと花はちってしまう。さっきとは少し離れた所にまた振り子が帰ってくると、またまた見たことのない見事な花が咲きます。しかしまたその花は散って…

この場面を読むと、オラは泣けて泣けて仕方がありません。
花を人と置き換えて読むと、「個人の尊さ」に思い至って、その儚さや健気さや掛けがえなさに気づかされて、胸がいっぱいになります。
この視点からすると、その個人が生涯において何を成し遂げたかなどという事は、些末な事でしかないことに気づかされます。
もちろん、O氏の実行力は素晴らしい。でも、それとコレとは無関係です。O氏も、オラも、ここにおいては差異など全くありません。O氏はO氏の生を生きて、オラはオラを生きている。電車で化粧をしているオネーチャンも、耳にイヤホン突っ込んでタラタラ歩いているオニーチャンも、かけがえのない、それぞれの生を生きている。
この基本に立ち返ると、各人の生きようの差異など、あまり大した問題ではないと思えてくる。もちろん、場面によっては、各人の功績や行動は大いに社会的な意味を持ちます。でも、それは人間存在全体の、ほんの一部分の話でしかありません。それが全てではない。

最近「生産性の低い人間は無駄」とかいう発言をした国会議員の件が問題になっていますが、このセンセイはソレ(生産性とやら)が全て、という幻想を生きているのでしょう。そもそも「生産性」って何を指しているんでしょうか? 困ったものです。こんな狭い人間理解しか持たない人物が国会議員をやっている。なんという偏屈で偏狭で小さな石頭の持ち主なんでしょう。思想とは恐ろしいものです。


さて、てなわけで、オラは今はO氏のDVDを純粋に、わあ、スゲエなあ!いいぞ!てな感じで観ることができる(笑)

まあ、こんなふうに、更に自分自身の懐を広げて生きられるようになりたいもんですwww

P47 - 藤尾
2018/08/11 (Sat) 22:20:30
下の写真(↓)に触発されて、駄文を殴り書きしてみた。P47のキャノピーがひび割れ、その向こうに零戦が見える。「Looks like the Zero won this round!」だってさ!

ついでに、最近得た新情報も盛り込んでみた。(新情報:米太平洋艦隊司令官のニミッツが、空母部隊のハルゼー等に当てた電文が発見された。原爆投下の4時間前から投下後6時間の間、米兵の被ばくを避けるために長崎への接近を禁止するといったような内容のものであったらしい)

     ※

日本本土上空は、雲一つ無い晴天だった。
真夏の陽射しを受けながら、数時間も太平洋上を飛行してきたが、思いのほか快適だったのは、エアコンのおかげだ。B-29並に、P-47にはエアコンが装備されているのだ。
それにしても、以前乗っていたP-38は、日に照らされると暑かった。特に、日本軍のYamamoto長官が乗った一式陸攻を攻撃するために上空待機していた時は、めまいがして気を失う寸前だったのは、緊張と重責のプレッシャーのせいだけじゃあなかった。とにかく暑かったのだ。

それにしても、今日の日本本土Kyushu北部地域への攻撃は異例な上に急だった。B-29の護衛ではなく、各機随意に対地攻撃をせよ、と。しかも、未明に飛び立って早朝に攻撃し、午前7時には撤退せよ、という。噂では、日本近海に展開している海軍第38部隊の空母群が、日本本土の東北方面に向かうため、その隠蔽のための陽動作戦としての攻撃なのだという。
ともあれ、日本本土上空とはいえ、日本の戦闘機はほぼ壊滅状態で、まず迎撃には合わないし、時たまZeroが向かってきても、パイロットは新前の素人ばかりで、問題外だ。ただ一つ、日本の新鋭機Georgeの飛行隊だけを除いては。あれは、よく統制のとれたプロフェッショナルの集団で、索敵から編隊空戦まで見事なパフォーマンスを見せ、我々の戦闘機隊は、しばしば大きな損害を被っている。

散発的な対空射撃の反撃を受けただけで、我々は鉄道や港湾の船舶などめぼしいものにロケット弾を打ち込み、機銃掃射して回った。駅に停まっている列車をの上を飛びすぎる時、線路脇に伏せてこっちを見上げている乗客たちの顔が見えた。
やはり敵機は来ない。もう日本の戦闘機は壊滅してしまったに違いない。
「ヘイ、マイク。時間だぞ。帰投する」
「ラジャ。それにしても、何だって午前11時の4時間前には日本上空から撤退せよ、なんていう妙な命令なんだ?」
「知らんよ。かなり上の方からの指令らしい」
その時、目の前が真っ白になった。敵機の銃撃を受けてキャノピーがヒビ割れたらしい。
「ブレイク、ブレイク! やられた!」
反射的にスティックを引いて上昇する。さらに被弾し、衝撃で機体が震える。P-47は頑丈な機体だが、20ミリ弾が何発も命中してはもたない。
完全に油断していた。いくら我々が優勢とはいえ、ここは敵の本土上空だったのだ!
エンジンの馬力に物を言わせて敵機を振り切り、雲に逃げ込み、後はひたすら南へ向かって飛んだ。何度も後ろを振り返りながら。



日の出と同時に哨戒に飛び立った彩雲からの報告では、敵空母を含む機動部隊の消息は数日前から依然として不明、とのことであった。
しかし、索敵を委託している漁船からは、敵戦闘機の中規模の編隊が九州方面に向かって洋上を通過との報告が入った。予想会敵時間と地域を検討し、我々は出撃した。
熟練した飛行操縦員と整備員を揃え、状態の良い紫電改を装備した我々は、一時、本土上空に来襲する米軍機を混乱に陥れた。そのうち敵は我々の基地を避けて飛来するようになり、我々も徐々に出た損失を補充することも出来ず、戦果は以前ほど上がらなくなっていた。
そんな中、広島に新型爆弾が投下された。そして昨日は九州北部に「この地区を爆撃するので住民は避難せよ」というビラが米軍機から撒かれたという。情報を総合的に勘案し、我々は九州北部に向けて飛行を開始した。しばらくすると、長崎市街が敵戦闘機による攻撃をうけているという続報が、雑音だらけの無線を通じてもたらされた。

少し遅かった。南へ向かって帰投を始める敵編隊を見つけると同時に、まだ数機が市街上空にいるのを発見した。我々の小隊は、太陽を背に敵機に接近し、上空から急襲をかけた。
敵機はいつもの紺色のグラマンF6Fではなく、銀色で大柄な機体のP-47だった。敵機は、地上攻撃に夢中になってか、上空の索敵を全く怠っている。150mほどに接近して最後尾の敵機に機銃弾を打ち込む。確実に命中している手応えはあるが、急上昇して逃げてゆく。私の列機2番機が素早く反応して追うが雲の中に逃げられた。
残った敵は四方に分かれて逃げ始めた。3番機、4番機がそれぞれ先手を打って起動して敵の背後に付け、射撃を開始している。敵の一機は主翼が吹き飛んで黒煙を吹きながら落ちてゆき、もう一機は操縦士に命中したのか、背面飛行のまま海に突っ込んでいった。
空戦はわずか数分で終了した。

その4時間後、11時に、今朝空中戦を繰り広げた長崎に、米軍B-29から新型爆弾が投下された。我々は軍用車で現地に向かい、救助活動を行ったが、その数日後には戦争が終わった。



キャノピーがヒビ割れて真っ白になったが、その後延々と太平洋上を飛行して、基地に帰り着いた。我々を襲ったのはやはりGeorgeで、我々は2機が撃墜され、6機が被弾した。そのうち1機は太平洋上に着水したが、パイロットは潜水艦に救助された。
ほどなく、B-29がNagasakiに原子爆弾を投下したことを聞いた。11時の4時間前から6時間後まで、Nagasaki上空に近づかないよう指令が出ていたのは、そのためであったと、この時初めて知った。空母たち機動部隊が日本列島の東北方面へ移動したのも、このためであったらしい。
戦争は数日後に終わった。


花を知るべし - 藤尾
2018/07/24 (Tue) 14:42:02
ライフサイクルについてシミジミと思わずにいられない今日このごろです。
人事屋をやっていると、従業員の秘密事項に触れる事が多いわけですが、みんな、イロイロだなあ、と感じる毎日です。
どこの家の食器棚にも髑髏の一つや二つは転がっている、とか、どんな山にも秘密はある…などと申しますが、「何もない平和で平凡な家庭」など決してありはしない、と。

特に昨今は老親の介護とか、子供の発達障害とかに関する相談だの休暇申請だとかがとにかく多い。
そういえば、10数年ほど前までは、従業員の老親の葬式とかがあると、従業員が総出でゾロゾロ参列したり受付だの道案内だのしたものですが、ここ数年、「家族葬」がほとんどで、従業員が参列する事はほとんどなくなった。そりゃそうでしょう。勤め人が定年で引退して20数年も経ったら、家族に見送られてそっと…というのがある意味当然だし、その息子の「喪主」のカイシャの人間が葬式に行く、という感覚も、すっかり廃れたと感じる。今後、高齢化・葬式ラッシュ時代になり、この傾向はますます進むことでしょう。

それにしても、この(↓)数十年前のブルース・スプリングスティーンの若々しさには、思わず涙がでそうになる。彼も今はすっかり年齢相応に老け、この数十年の間には、セルフイメージと自分自身のギャップに悩んだり、うつ病からの生還があったりと、それなりに苦闘を経たそうだ。

自分などたかだか数十年後には確実にこの世には存在しないのだという気づきを得てから、自身の相対化が多少なりともできるようになり、世界が平坦に見渡せるようになった気がする…けれども、まだまだ自己意識の過剰とか、自分中心の世界観から抜けきれない。まあ、生涯修行とはこういう事なんだろうな、というのが今後の課題っていうか、テーマなわけだ。なんてったって、内外の刺激を受けて、自我はその度ごとに立ち上がり、その都度自身の受容・反応パターンが起動するワケだから、一々「素の自分自身」が立ち現われてしまうわけだ。恐ろしいことですwww

https://www.youtube.com/watch?v=129kuDCQtHs


京都アニメーション「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観て - 藤尾
2018/07/15 (Sun) 22:24:01
数年前、山ガールなるものが登場し、中高年ばかりだった山道に比較的若い年代層の女性の姿が見られるようになった頃、北村薫の小説「八月の六日間」が出版された。
この中で、「いくつもの心の部品を落とし、また拾っては歩き続けるのだ」というキーワードが印象に残ったが、その意味は今一つわからなかった。でも今は、こんな事なんだろうなと思っている。

主人公である「私」は、出版社で雑誌編集長を務め、順調な職業生活をおくっているように一見みえるが、多くのストレスを抱え、犠牲にしてきたものも多い。曲がった事が許せないユトリのない性格も自分自身を不自由にしているのかもしれない。
同僚の藤原ちゃんは、やはり編集部でそこそこの働きをしているが、趣味の登山を楽しみ、家庭生活もバランスがとれており、安定した人生をおくっているように見える。そんな藤原ちゃんに比べ、私は偏った、キワドい人生をおくっているのではないか?
実際、そうであるらしく、見かねた藤原ちゃんから「明日、山、行きませんか」と救いの手を差し伸べられる。それを契機に、人生のバランスを失していた私は、山登りを通して、今まで人生において欠けていた何かを遅まきながら育み、回復してゆく…。
それは、いつのまにか落としていた自分自身の部品を拾いながら、また歩き続けてゆくかのように。

     ※

南木佳士「海へ」では、うつ病の回復期にある「私」が、暴露療法を兼ねて、海辺の旧友宅に泊まりに行く物語だ。
友人は快活だったが、しかし、海辺にある友人の診療所の一番奥の病棟には、友人の妻が長年引きこもったままで、いっけん明るい高校生の一人娘は、自分も母親のように精神のバランスを失してしまう日が来るのではないかと、内心恐怖している。
「私」は、友人の娘の年齢相応な話を聞き、友人の妻から手紙を受け取り、彼女らの心の震えを受け止めながら、しっかりとその存在を胸に留める。何事もないかに振る舞う友人も、小さく震える友人の妻も娘も、みな、実は「私」の心の中の風景そのものだ。(寛解に向かい、一見快活そうに見えても、いまだ心の奥には恐れや不安が潜み、様々な自分が葛藤している…)
寛解を得てなお「私」の心の内に存在する病への恐怖は、「私」にその存在を認められ、いつまでも静かに居続けるだろう。そして「私」は、そんな内心にしまった恐怖や不安など存在しないかのように暮らし続けるだろう。しかし、病前と今とでは、世界の広がりの認識において、静かな深みを増したという点で大いに異なるであろう…。
それは、今まで欠けていた(或いは気づかないフリをしていた)何事かに気づき、それに光を当ててゆくという行為となって表れて来るであろう。

     ※

京都アニメの「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、幼少期から「兵器」として育てられた少女が、それまで育まれる事がなかった信頼や愛情を得て、人間性を回復してゆく物語だ。
実際、内戦や代理戦争が長年続く地域では、子供のころから兵士として育てられ、兵士として生きてゆくほかなく、他の人生の可能性など想像もできないという人々が多くいる事が思い起こされる。(或いは、偏差値ばかりを重視し、受験一辺倒の昨今の学校生活の偏った姿にも、同じような匂いを感じずにはいられない)

他者に眼差される自分、他者との関係によって形作られる自分、社会の中の位置づけによって自己規定される自分。他者、相手を肯定する自分なくして、自分は他者から愛されることはない。

狭く異性間の愛という事においては、夏目漱石の「三四郎」で登場する「可哀想だた惚れたってことよ」(可哀想に、と思うということは、惚れたっていうことだ)という迷文句がある。異性を愛するようになるとは、世界観、価値観、正義感などが共鳴し、自身と共振するだけではなく、双方に惹かれ合う何かが起爆剤として必要である。
動物としての遺伝子の継承を目的とした相手の選択という思考以前の直観の世界と同時に(それ以上に)、成育歴において獲得した傾向の類似や嗜好性が、そしてそれらを相手に投影した幻想こそが問題となるはずだ。
ヴァイオレットを救った少佐は、彼女の中の何事かを感じ取ったのだろうか? かわいそうだたほれたってことよ。

でも、さらに大きな視点、高い立ち位置からの「愛」の意味は、自身の自己規定に留まらず、自身の世界観における他者の存在が、どのようなものであるか、が大きく問われるであろう。

人間は、他者とどう繋がっているのか、自分とはどのように構成されているのか、が、まず内省されることになるであろう。それは結局、自己と自我の構成を問うことになり、厳しく防衛機制を超える試練を課せられるであろう。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」では、登場人物たちが、そんな試練や困難のストラグルを経て、自分自身を知ってゆく物語が紡がれてゆく。
さらに、ヴァイオレット自身は、様々な経験を経ながら、自我の再構築という難題を超えてゆく。しかし、思えばこれは、私たちの青年期と変わることは無い。我々もまた、(ヴァイオレットほど激烈ではないにしても)自身の自我を、バランスをとりながら発達させてゆくことになる。それは、生涯をかけての課題であり、終着点は無いはずだ。

(内省や気づきを経て、私たちは、自身の過去の誤りや、他者を害した事に思い至るであろう。しかしそれは過度に否定したり消し去ろうとする必要は無い。それらがあっての、今の自分であり、気づきなのだ。ヴァイオレットの義手が正確な仕事をこなすように、私たちの否定したい過去も、今の、そしてこれからの自分自身の基底となって、自分自身を支える礎石の一つとなるはずだから、だ。様々な種類の礎石は、すそ野の広い自分を形作るであろう。だから、「不要な礎石」・「不要な過去」・「消し去るべき過去」など存在しないのだ)

ヴァイオレットの義手は、彼女の過去の象徴だ。
その手で、兵士として多くの敵の命(多くの若者の未来)を奪った。そして同時に、彼女を人間として認めて、彼女を「狂犬のような殺人兵器」という地獄・無明からサルベージしてくれた恩人の少佐を救うために、その手を失った。
そんな両面を秘めた義手は、彼女が生涯負わなければならない過去の象徴であり、同時に、善悪両面をなし得る人間という存在の象徴でもある。
そんな義手は今、人の心をつなぐ「手紙」を紡ぎ出す仕事をこなしている…


     ※

ユングの言う、自己実現とは、それまで欠けていた、発達できないままであった自分自身の人格の影の部分に光を当てて、バランスのとれた人格の完成を目指す、という事であった。
それは、誰かとの比較や競争ではなく、自分自身の問題であり、課題だ。様々な他者たちの森を駆け抜けることは自我の構築に必要ではあるが、それと同時に(それを経つつ)、自己に沈潜して自身を知る事の探求を欠いては、自己の安定・バランスを得ることはできないだろう。

こんな事が不必要で、イケイケで生涯を終える事ができる人もいるのかもしれません。しかし、それでは、「充分に生きた」とは言い難いでしょう。自己の十分に発達した部分も、未熟な部分も知った上で、それとストラグル・格闘してこそ、或いは充分に発達した自分自身・まだ未発達な自分自身の双方を抱きしめてこそ、自分自身を生き切ったと言えるのだと思います。
ヴァイオレットは、その双方を抱きしめて、自分自身の中に居場所を与えることができたとき、愛について自然とわかることができるでしょう。それは決して一方通行のものではなく、全体対象関係的な、基本的な態度姿勢に関わる事だからです。

Re: 京都アニメーション「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観て - 藤尾
2018/07/17 (Tue) 12:31:33
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」も、いつもの藤尾節で回収してしまいました。悪い癖です。オートマティック・ライティングというか、フロー状態というか。何を書いても、結局この思考パターンで書いてしまいます。
でも、これは、かつて自分自身で望んだ状態でもあります。

昔、学生時代、岸田秀の「ものぐさ精神分析」という本が流行りました。何でもかんでも、岸田流「精神分析」の手法で解説してしまう手腕に驚き、幻惑されて、大いに憧れたものです。
「スゲエなあ、自分もあんなふうに物事や事件を何でも分析・解釈できる尺度や基準を身につけて、自分なりの理解ができるようになる日が来るだろうか?」
と思ったものです。
岸田流のソレが、どの程度の有効性や正確さを持っていたかは問題ではなく、自分自身の頭で考えて、自身の手掘りで物事や事件を理解する、という態度姿勢に憧れていたのです。

仕事や、自分自身の人生が忙しくて、この件は長らく忘れていましたが、いわゆる中年期の危機に直面して自己分析を迫られた時、この事を思い出して勉強し直しました。仕込みに3年、自分自身の思考パターンとして身につけるまでさらに3年間必要でした。
(しかし、僕は出が出ですから、少々古くさい理論をベースにしたものになってしまったのは致し方ないところです。つまり、学生時代に慣れ親しんだ、今や古臭い古典でしかない理論が、僕の思考のベースとなっていますwww)

今の自分は、岸田流を千倍希釈した劣化コピーみたいなもんでしかありませんが、少なくとも自分自身に引きつけて考えることはできるようになったと思います。
少なくとも、物事のアウトライン・荒筋をなぞっただけの、小学生の読書感想文のような物事への接近・解釈というレベルからは脱する事ができるようになったとは感じています。
でも同時に、我ながら自分って頭が悪いんだなあ、とも感じずにはいられません。しかし、自分はこの程度の能力でしかないのだから仕方ないのだし、そもそも誰かとの比較のためにではなく、自分自身の納得のために行う思考なのだから、落胆したり絶望したりすることもない、とも思っています。



自分にとって、web上に文章をupするのはどういうことか?
最も念頭にある読者は自分自身です。ほとんどそれ以外の読者は想定していない。だったら公開する必要などないはずですが、それなのにwwwの辺境にとはいえupするのは、自分自身に客観性の視点を多少なりとも意識させるため、だと思います。この枠・制約がゼロになると(upしないことが前提であると)、自身の思考の社会性が溶解して、恐らく自己欺瞞に陥るでしょう。或いは、自我が他者との関係性・社会における自身の位置づけを基礎に構築される事を思うと、それは自我の枠組みの崩壊を将来しかねない。一般的他者を自己の内に仮定することによって自分自身の規範を構築するように、wwwの辺境にでも自身の思考をupすることは、精神衛生上有益であると思えるわけです。



「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、良くできたアニメでしたが、安直な場面展開やご都合主義の展開も散見されます。しかし、それらは、この物語の主題とは関係ない個所なので、あまり目くじら立てる必要はありません。(落下傘降下してすぐに依頼者を発見したり、鉄橋の爆弾がすぐに発見できたりなど)

そもそも、この物語の世界のテクノロジーレベルは我々の世界の1930年代ぐらいであると思われるのに、あの義手の完成度は22〜23世紀の技術レベルでしょう。
でも、そんなことはどうでも良いことです。この物語はファンタジーであり、そもそもこのお話しの主題は「技術史」ではありません。目指しているのは、人間の心についての物語を紡ぐ事にあるからです。
(この件については上記本文でも触れたとおり、義手はこの物語のテーマの象徴でもあるわけです。物質としてのソレに目を奪われるだけに終わるのではなく、それに込められた意味や例えまで、想像力や直感を柔軟で自由に働かせたいものです。それに、ファンタジーや「物語」においては、熊が喋ったり狐が赤い上着を着ていても誰も怪しまないはずです。)


画家、鴻池朋子が震災後展開している展覧会「新しい骨」では、「人間が物を作る」という事の意味を再考し続けています。人間が物を作るとは、現在のテクノロジーの形態では、結局、地球環境の破壊と、他の生物たちの絶滅を将来せざるを得ない。その方法・考え方の「骨格」自体から見直さなければ、人類は近く確実に自滅する。この誰にも自明な事がほとんど真剣に取り組まれていない。なんてったって、明日の事より、今日の飯の心配で誰しも手一杯なわけです。仕方の無いことです。


風呂敷を広げすぎました。
でも、ちょっと大げさですが「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、「新しい骨」に思考を向ける契機のカケラの一つになりうると感じます。広義の「愛」の名において。

西郷どん、きばれや、チェスト~! - 藤尾
2018/06/04 (Mon) 22:38:51
さて、NHK大河ドラマの「西郷どん」だ。
視聴率は記録的に低いらしいが、僕はなかなか面白く観ている。と、いっても、日曜も仕事なので途切れ途切れに、しかも観れたとしても番組途中からだが。
毎回「え〜、これ本当でっか?」という驚きの脚本や、「龍馬伝」を越えそうな汗臭さ薄汚さの漂う絵が続出して、歴史好きからは史実無視だと罵倒され、偉人・英雄好きな人達からは全然格好良くないと、非難されているようだが、僕としては実に上手く作っていると感じて、観ていてとても面白い。
特に琉球編は「ここに、こんなに時間を割くか?」と、一年間の放送期間のペース配分が心配になるほどの力の入れようだが、しかし、登場人物たちの心の機微を丁寧に描いていており、西郷が琉球を後にする場面では、不覚にも嗚咽を漏らしてしまった(笑)

でも、想像するに、この時間の割き方、西郷の心理描写を丁寧に描いてゆくという方法は、これはこれで正解なのだろうなと思う。この琉球編や、はじめの頃の百姓たちの苦境を救おうとする姿などは、西南戦争における西郷の行動への布石というところなのであろう。

西南戦争に際して、西郷は(滅びると判っている)薩摩武士団に文字通り「身を預ける」。維新後、西郷は東京で質素な暮らしを続け、猟官活動にはしる薩長閥らの連中の醜さに辟易して鬱々とした日々を送る。何のための倒幕戦だったのか、と。郷里の不平士族達の気持ちが判りすぎるぐらいにわかり、しかも同時に、新生ニッポンの建国は、多少の無理をしてでも急いで推進してゆくほか道はないことも判っている。
自身の立ち位置を鑑み、旧武士階級の壊滅の墓標として、自身の身を捧げるしか、西郷としてはとる道は無かったのだろう。
この晩年の西郷の心境につなげるために、番組が始まってもう半分も過ぎたというのに、延々と西郷の地味な時代を(そして、西郷の「心の動かし方」を)描き続けているのであろう。

そんなふうに観てゆくと、この「西郷どん」という番組は、幕末・維新という時代を描いてゆく時代劇なのではなく、「西郷どんという人物の風景」を描こうとしているのだと気がつく。
そんな方向に振りすぎた本作は、「大河ドラマファン」からは総スカンを食らって視聴率が低迷するのももっともだ。
僕の幕末・維新の知識は、百%司馬遼太郎の小説やエッセーから得ているので、上記の西郷解釈は、歴史家から見れば偏ったモノかもしれない。しかし、そもそも歴史というもの自体が、切り口や視点の持ち方によって、いかようにも語りうるものであり、ましてや「せごどん」は、ドラマなのだ。視聴者の現代の時代感覚や、観たいと思っているモノを描くのであって、多少の史実の無視・歪曲など大した問題ではないのだwww