過剰な何か

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自転車 - 藤尾
2018/11/09 (Fri) 23:56:53
やあ、お久しぶり。
あ、マリオ氏、荷物届きました。ありがとうございます。すげえ面白そうだ。ゆっくり観させていただきます。


さて、ところで、ここの所、更新に間があったのは、ドップリ自転車の世界にはまっていたからなのだ。
切っ掛けは彼岸花の季節にさかのぼる。彼岸花の撮影ポイントをネットで探していたら、川越方面で、田んぼの中に立つ数基の石仏を囲んで、見事に彼岸花が咲く場所があるのだという情報を得た。同様の情報を数人が発信しているが、詳細な場所は誰も明かしていない。わずかに、川島町のホンダエアポート近辺で、上尾から川越に抜ける旧道沿いであることだけが判った。

これだけの情報では、車で行ったのでは、それらしい場所で何処かに駐車して、歩き回って探し、また車で移動して降りて歩き回り、となって小回りが利かなすぎる。かといって、捜索範囲が広いために、得意の電車+徒歩+バスでは効率が悪すぎる。さて、どうしたものかと考えるうちに、大昔(中学生時代)自転車でそこいらへんまで行った事があるのを思い出した。そうだ、自転車で行けば小回りもきく。
てなわけで、道に迷いながら片道十数キロをママチャリで走って彼岸花撮影スポット探しをしたのだった。

結局、その場所は見つけられなかったが、他のフォトジェニックな場所を発見し、大満足で帰路についた。そして、それ以上の収穫は、自転車で走り回る事の快感やら楽しさを数十年ぶりに思い出したことだった。それに、疲労感が実に心地よく、晩飯が妙に旨かった。


さてそれから自転車漬けの日々が始まる。
近年の僕の趣味は、電車+徒歩で石仏・野仏撮影に行くことだが、この一年間は体力の低下に、行動範囲の限界を感じていた。一日で数か所のスポットを巡るために、とにかく早めのスピードで歩き続けるのだが、今年はとにかく、しばしば足がつるようになってしまった。数か月前には、同時に左右のふくらはぎがつって、路上で亀の子をひっくり返したように転げまわり30分近くも動けなくなった。(この時は、ひっくり返ってチジこまって脚を抱えて悶絶している僕の周囲を、歩行者・自転車・車などが少なからず通って行ったが、誰一人、一切声をかけて来る者も、誰かが密かに救急車を呼んでくれるなどという事も無かったのには、少々驚かされた。まあ、救急車は呼ばれなくてよかったけれど・汗)
それに、少し暑い時期は、熱中症に陥りやすくなった。

これらが重なって、徒歩部分を自転車に替えてやれ、という目論見なわけだ。


電車+自転車=いわゆる「輪行」だ。
スピードを求めるわけではないので、折り畳みの自転車が良い。普通のデカいスポーツ車での輪行も検討したが、クイックリリースとはいえ車輪まで外してヒモで車体に括り付けて、おまけにエンド金具などというキワモノを装着して…などという手間を考えるとバカバカしくてヤル気が失せる。

で、入手したのは、折り畳み車でもスポーティーな機動ができるKHS F20Rだ。
これは素晴らしい自転車で、さっそく行った輪行でも、手間もかからずサクサク移動できる。でも、しだいに気づいたのは、一気に遠距離を走るのには向いていないという事だ。20インチ451のタイヤとブルホーンハンドルはけっこうスポーティーに走れるが、五十数キロほどの距離を走った時は、さすがにキツかった。色々調べてみると、20インチのミニベロで50kmの距離を走るのは、デカいロードバイクで80km以上を走るのと同等の労力であるという説もあった。
なるほど。
では、輪行や近所を走る時は20インチ折り畳みのKHS F20Rで良いとして、50km以上走る時は普通のデカいロードバイクに乗れば良いのだな、と思い至った。そういった距離を走る時は、輪行ではなく自転車で走る事自体が目的なのだから、純粋なスポーツバイクこそが向いている。


こうして、一か月ほどの間に、自転車を2台買うという暴挙に何の疑問も無く出たのであった。
こういうスポーツ車の場合、それに付随して様々なアイテムをそろえる必要がある。ライトだの工具だの修理キットだのメンテ用品だのヘルメットだのグラブだのウェアだの鍵だのバッグだのサイクルコンピュータだの…とにかく切りがない。
沼だ、計り知れないほどの広くて深い沼だ。
2台で共用できる物もあれば、それぞれ揃える必要がある物もあり、様々だ。
そんな物をアレコレ検索しながら調べたり買ったりしているうちに、あっという間に時間が経ってゆく。

躁的防衛だ…。

でも、自転車2台は、それぞれの役割を充分に果たして、心底から買って良かったと感じることができている。
ミニベロは輪行での野仏撮影の旅の友として。
ロードスポーツ車は、自転車に乗る事自体を楽しむ道具として。なにせ運動不足の体だ。こいつに乗ると、筋力という事以上に、心肺機能に対する働きかけという面で、良い身体刺激を受けられるという実感がある。
そして、自転車を取り巻く様々なアイテムも面白いし、行動範囲内で想定される風景景色・そしてカフェや食い物屋を探すという副産物まで発生して、楽しみが広がる。


乗りかた、乗車姿勢、重心の置き方・体重移動、姿勢・体幹の意識などなど身体機能などだけでなく、注意力やセルフコントロールなど心理面で留意すべき点・学ぶべき点が実に多い。
っていうか、ㇷと気づくと、それって「禅」に相通じる、共通する事が多いのに気づいた。
只管に行ずる。「ただただ(座ることに神経も身体も集中して)座る」ように、「ただただ(神経も身体も集中して)自転車に乗る」。おお…、まさに禅だ。
神経も身体も自転車で走ることに集中し、そして同時に、感覚は外界に対して開いており、風や気温や陽射しや虫の鳴き声を感じ、草いきれを感じ、潮風のしょっぱさを感じ、自転車と接触している手・足・尻に体重や路面の変化を感じる。

まあ、今はそんなふうに自転車にドップリなのだ。
ロードバイクなど、スポーツサイクルに乗るというと、ともすると速度を追い求めたり、距離を走る事を誇ったり、上り坂バカであることを自慢したりしがちだが、それはそれで良いとして、でも、他者との比較や競争や、他者に対する自己の優越を捏造して自我の安定を図ろうとする企てのためのアイテムとして自転車に乗るだけではもったいない気がする。
上記のような身体的・精神的な姿勢を通して、自分自身と、自身をとりまく環境とのバランスを得る契機として、自転車は有効であると感じるのだ。