「雲」
なにかいいたかった
なにかをいったら
どうにかなりそうだった
なんでもいいからいおうとした
雲をみつめ
雲のゆったりとしたすがたが
あんまりうらやましかったのだ
こころよ どうしてあんなに
ならないのかと…
(打木村治「天の園」第四部 より)
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じーくむんとは短い鉛筆を煙草のように指に挟んで斜に構えた姿で言う。
「雲は無意識領域に抑圧された願望の象徴として連想されたものを投影する」
ぐすたふも丸い眼鏡を光らせて少し上目遣いで言った。
「無意識領域である自己の底は閉じておらず、集団的無意識に通底していて、雲は生物としての原風景を思い起こさせる」
げんぱちは泣きそうになるのを堪えながらボソボソ言った。
「オレは死んだかあちゃんを思い出して泣きそうになった。でもその後、雲みてえにゆったりとした心になるべえ、と思った」
ふゆこが言う。
「悲しい時に雲を見るんだけんど、よけい悲しくなっちまうんです。でもその後、悲しいけんどたのしい…みたいな気がおきる」
たもつが続ける。
「雲は夢の宝庫です。それは子供だけでなくきっと大人にとってもそうだべ」
このしばらく後、たもつとふゆこは東松山の岩殿山のてっぺん、物見山で秩父山脈に掛かる雲を眺めます。ふゆこはたもつにがくんと体を倒しほっぺたをたもつの肩にのっけます。たもつは手をふゆこの肩にまわしてふゆこの頭がすべりおちないよううに支えます。二人とも小学四年生です。
「ふたりで一生あそぶべえ」
たもつよりも少し大人びたふゆこは一瞬驚いたようにためらいますが
二人は小指を出してげんまんをします。
この様子を雲に乗って空から眺めていたじーくむんととぐすたふは、乗っている雲を少し紫色に染めて、二人を祝福しました。二人は自分たちの心が紫にそまったみたいな気がして、ゆめと平和としあわせに満たされました。
このあと、二人は徐々に成長しそれぞれの境遇を歩みます。でも、出会いには必ず別れがあり、別れがあるから美しいともいえる。つらい人生が詩を生み、人を成長させます。
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この物語から110年後のこんにち、東松山の岩殿山には埼玉ピースミュージアム(埼玉県平和資料館)が建ち、展望塔が屹立しています。「天の園」では、保とふゆ子が並んで山頂から関東平野を見下ろし、「汽車のけむりがけぶっているのは機関庫のある大宮町にちがいない」と景色の雄大さを楽しんでいます。