(承 前)
次の森に入ると、そこは小さな惑星の形態をしているのに気づいた。小さな火山を回り込むと、少年がバラに水をあげていた。金髪の巻き毛…「星の王子さま」だ。
あたしは思い切って声を掛けてみた。
「やあ、コンスエロと仲良くやってるようだね」
王子さまはギョッとして、目で合図してバラから離れた場所にあたしを誘った。
「相変わらずだよ。僕のことを絶賛したかと思うと、次の瞬間には腐しはじめる。彼女はしょっちゅう異星人と浮気をする、こないだなんてヘクタポッドと逢い引きして一週間も帰ってこなかった」
王子さまは疲弊しているようだった。
王子さまの疲れた顔は、フランス人の中年男に変わった。作者であるサンテグジュペリだ。
ああ、この人は苦労人だ。あたしとて同情したくなる。弱小貴族の実家は没落し、美しく魅力的な妻コンスエロ(あのバラだ)は自己愛型性格障害で散々周囲を振り回すし、祖国フランスはドイツに占領されるし…苦労の連続だ。小説家としての成功と飛行士としてのセルフイメージで取り繕って、傍目には自信ありげにみえるが、内実は疲弊しきっている。
良い機会だ。あたしが以前から思っていた事をサンテクスに聞いてみた。
「ねえサンテクス、星の王子さまが訪ねた酒飲みの星で、酒を飲むのが恥ずかしいから酒を飲むんだよっていう話しがあるでしょ。あれは依存症の話だよね」
「ああ、そうだ。でも人は誰しも何かに依存して生きているよ。俺はコンスエロへの愛にこだわり、飛行士であることにこだわり、それらは高じて俺にとっては依存に変化してしまっているかもしれない。砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているかもしれないからだ。でも、いつだって井戸はすぐに涸れてしまう。おまけにヴィシーからもドゴールからも裏切り者呼ばわれだ、祖国フランスは愛するほど遠くなる」
「かわいさ余って憎さ百倍。それでも離れられないって」
「もう不可分なんだ。俺は小説を書くために飛行士であり続けなければならない。フランス人として戦い続けるしかない。ロッキードP-38の搭乗制限年齢は35歳だよ。俺は四十を越えているが偉いさんのコネを使って無理やり乗り続けている」
「全て判ってるんだね。ところでサンテクス、あんた自身の浮気性も激しいね」
「ああ、でもやめられない」
「それも依存の一種みたいだね」
「酒飲みの星の酒飲みみたいなもんだ、逃れられない」
「意味や言葉に囚われてしまっているんだね」
「考えや想いにがんじがらめだ。そんな自分が暴れ回って、魂と肉体が悲鳴を上げているのかもしれない」
「あんたは客観視できているから大丈夫だよ、サンテクス」
「ああ、俺は想念のエネルギーを小説に変容する技法を心得てるからな」
「ちょっと、それにしちゃあお疲れの様子だよ」
「それでも飛ぶ。明日は出撃なんだ」
「サンテクス、あんたZenって知ってる?瞑想とか?」
あたしはサンテクスみたいな男が好きだ。何とか手助けできないか…。
「帰還したら教えてやるよ」
サンテクスは曖昧に頷いただけだった。
翌日、サンテクスはP-38で写真偵察飛行に出て戻らなかった。地中海上空でドイツ軍機に撃墜されたのだという。そして、彼は星の王子さまにかえって、故郷の星で今もバラ=コンスエロに手を焼いている。
※
…って、なんだこりゃ?森に入った途端に変な妄想を見させられた。
何であたし本体の自我に、こんな物語の心的複合体が貼り付いてるんだ?
恐らくこれは「依存・アディクション」への警告を込めた寓話なんだろう。人が自らの物語を生きる果実と危険。どこか、それを突き放して客観視できる視座を持つことができれば、人は無事天寿を全うすることができるのかもしれない…という。
あたしは自我を乗っ取る戦いに打って出た。あたしの本体は歓喜に満たされるだろう。そして同時に表裏として苦しみも覚えるだろう。ざまー! その後どうなるかは知ったこっちゃない。
でも、あたしは密かに期待している。あたし本体が、あたしという「情動」の存在を認め、居場所を作ってくれることを。
その時、あたしは暴れるのをやめ、落ち着いて眠るように暮らすだろう。でもそれには、あたし本体の自我が深い内省を経て成熟する必要がある。それができなければ過度の依存症に振り回されたままの人生で終わってしまう。サンテクスのように囚われに心を痛めたまま生涯を終えることになる。
サンテクスは、荷を背負いすぎた。彼の中でそれらが平安に眠るようになるには、まだまだ時間が必要だった。でも、その前に彼は撃墜され、星の王子さまになってしまった。
大切な物は目には見えないって彼は言う。そう、でもその「大切な物」とやらに囚われた自分のままでは、自らを見失う。物が問題なんじゃあない。欲求の対象自体が問題なんじゃあない。それらと付き合いながら人生に折り合いを付けてゆくことが肝心なんだ。
内省的に言えば、過剰な自我活動から離れる機会を持つことが肝心なんだ。例えば禅や瞑想の身体技法によって。でも、それは簡単じゃあない。
そしてそれができない時は、別の対象に依存するよう鞍替えするしかない。人はやはり何かしら、依存対象が必要なのだと言える。
禅や瞑想でいっとき執着から離れたとしても、自我は内外の刺激を受けて刻々と立ち上がるので、すぐにまた何かへの依存や執着が始まる。ある意味、禅や瞑想さえもが新たな依存対象なのかもしれない。
いずれにしても、まさに「大切な物は目に見えない」所にある。酒が悪いんじゃあないし、コンスエロの性格が悪いのが問題なわけじゃあない。
王子さまは、小さな星のバラとは反対側に住んで、時に軽く酒でも飲んで過ごせばいい。そしてたまにバラに水をあげに行けば良い。そうすればバラも王子さまも平安に過ごせるだろう。
そうだ、また星の王子さまに会ったら禅について話そう。いっときであれ、平安が得られるかもしれない。
アディクション、依存、執着、固着、沼…。これは生きている限り避けられない。ただ、それにずっとドップリとはまり込んだ状態から一旦離れる機会を、禅や瞑想の内省的身体技法はもたらしてくれる。そして、生きていて自我活動が機能している限り、また依存なり執着なりが始まる。でも、ずっとそれにはまり込んだ状態よりも、それを恣意的にいっとき離れる術を知った方が、確実に軽症で済む。
そうすれば、アディクション、依存や執着は人に害悪ばかりをもたらすのではなく、果実をもたらすものになるはずだ。アディクションは単に不安定な自我を支える補強材ではなく、進化の途上で有用であったから人類に備わった機能…とも思える。そう考えた方が夢があるだろ?
星の王子さまの惑星を出ると、あたしは例の心的複合体の森の前に立っていた。この森の存在は大切に胸に秘めておきたい。なんてったって、アディクション、執着、依存は、あたし自身の属性でもあるからだ。